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グランド・ティーチャーズ
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ザ・ローチェス三姉妹の錨、長姉マギー・ローチェの早すぎる旅立ち。


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 1960年代半ばから外国のフォークやロックを熱心に聞き始めてからすでに半世紀が過ぎた。40年、50年の歳月が流れて、当時ぼくが夢中になったシンガーやミュージシャンたちは、みんな当然40年、50年と歳を取っている。すなわちみんな60代、70代、80代、90代の年齢になっていて、やがてあの人がこの世を去った、この人がいなくなったという悲しい知らせが届く。今年2017年になってからも、まだひと月だが、かつてぼくが聞き親しんでいた大好きなミュージシャンたちの訃報が相次いで伝わってきたている。先週1月21日にはマギー・ローチェ(Maggie Roche)が病気で亡くなったというニュースが飛び込んできた。ずっと聴き親しんできた彼女が参加している何枚ものアルバムをぼくは引っ張り出してきて、耳を傾けながらショックと悲しみに沈んでいる。
 
 マギー・ローチェは1951年10月26日生まれで、ニュージャージーで育ち、子供の頃から二人の妹、テリー(Terre、1953年生まれ)、サジー(Suzzy、1956年生まれ)と一緒にローマン・カトリック教会の聖歌隊で歌い始めた。1964年、13歳の時に誕生日のプレゼントでギターをもらってからは、曲作りも始め、やがて妹の一人テリーとデュオを組んで音楽活動をするようになった。1970年にニューヨーク大学でポール・サイモンが行ったソングライティング・セミナーに二人は参加し、彼女たちのことを気に入ったポールは、1972年の自分のソロ・アルバム『There Goes Rhymin’ Simon』のレコーディングに彼女たちを呼び、コーラスをつけてもらった。そして1975年にはマギー・アンド・テリー・ローチェのデビュー・アルバム『Seductive Reasoning』でも、一曲だけだがプロデュースを引き受けている。

 1976年には末の妹のサジーも加わって三人組のザ・ローチェス(The Roches)となり、三人はニューヨークはグリニッチ・ヴィレッジの有名なライブ・ハウス、ガーズ・フォーク・シティのバーで仕事をしながら、演奏も披露し、さまざまなミュージシャンと親交を深めて行くことになる。そして1979年にワーナーと契約して、キング・クリムソンのロバート・フィリップのプロデュースでザ・ローチェスでのデビュー・アルバム『The Roches』を発表し、その中に収められていたマギーの曲「The Married Men」が後にフィービ・スノウに取り上げられてヒットし、彼女たちのレパートリーの中で最もよく知られる曲となった。

 1979年のデビュー・アルバムから1995年の『Can We Go Home Now』まで、ザ・ローチェスはコンスタントなペースで10枚のアルバムを発表し、その中には彼女たちがお得意とするクリスマス・キャロルを集めた『We Three Kings』(1990)や子供の歌を集めた『Will You Be My Friend?』(1994)というスペシャルな作品もあった。『Can We Go Home Now』以降は、サジーやテリーがそれぞれソロ・アルバムを発表したり、マギーとサジー、マギーとテリーの二人のコンビでアルバムを作ったりと、変則的なリリースがしばらく続いた。そして2007年にはザ・ローチェスとして12年ぶりのアルバム『Moonswept』が発表され、それがザ・ローチェスとしての最後のオリジナル・アルバムとなった。
 その後はサジーが娘のルーシー・ウェインライト・ローチェと二人のコンビで母娘のアルバムを二枚発表したり(ルーシーはサジーとシンガー・ソングライターのラウドン・ウェインライト3世との間に生まれた子供だ)、テリーがアフロ・ジャージーというプロジェクトでアルバムを作ったり、ソロ・アルバムを発表したりしている。マギーが何かに取り組んでいるというニュースは、残念ながらぼくのもとには伝わって来なかった。

 ザ・ローチェスの最大の魅力は、姉妹ならではのその絶妙なハーモニー、コーラス・ワークにあると言う人が多い。もちろん素晴らしいハーモニーだが、ぼくがザ・ローチェスでいちばん気に入っているのは、彼女たちが作って歌うオリジナル曲の数々だ。マギー、テリー、サジーとそれぞれが一人で曲を書くこともあるし、二人、あるいは三人で共作することもある。しかしどの場合でも、彼女たちの書く曲は、ちょっときわどく、奇異で、ユニークで、諷刺がきいていたり、皮肉っぽかったりする。曲によっては鋭い棘があって、危険だったりする。
 つまり彼女たちの歌は、一言で言えば、誰か「主人」のような存在に寄りかかったり、頼ったりすることなく、世間の常識や旧弊、道徳にとらわれることもなく、制度や家族関係のしがらみからも解放されて、大都会で自由に、奔放に生きる女性たちの姿が歌われているものが多い。それがとても痛快な印象を与えてくれる。もちろん彼女たちも結婚とは無縁ではなかっただろうし、子供も作っている。しかし頭でっかちなウィメンズ・リブとは異なる、もっとのびやかでしなやかで大胆な女性たちの生き方が歌われているようにぼくには思え、それがたまらなく面白いのだ。

 例えばマギーの書いたザ・ローチェスの最も有名な曲「The Married Men」は、結婚している男たちと不倫をする女性の歌だが、聞いているといったいどっちがどっちを手玉に取っているのかと思ってしまう。またサジー・ローチェが2000年に発表したソロ・アルバムのタイトルは、『Songs From An Unmarried Housewife and Mother, Greenwich Village, USA』、すなわち『アメリカ合衆国はグリニッジ・ヴィレッジに暮らす、未婚の主婦にして母親の歌』で、まさに彼女(たち)の歌のテーマを簡潔に言い表している。
 そう言えば、90年代の終わりから2000年代の初めにかけて、ぼくは自分のパートナーとうまくいかなくなって家を出ることになった(非はもちろんぽくに)。それでもぼくは未練たらたらで、ひとりになって歌を作って歌いたいと言う彼女に、だったらこれを聞けばいいよとザ・ローチェスやサジー・ローチェのCDを何枚も貸したことがあった。結局彼女はピンとこなかったのか、それとも興味がなかったのか、いやきっとぼくのお節介が不愉快だったのだろう、ザ・ローチェスのようなきつい歌を作って歌うようなことはなかった。

 ザ・ローチェスといえば皮肉の効いたきつい歌をすぐに思い浮かべてしまうが、実はぼくがいちばん好きな彼女たちの歌は、1979年のトリオとしてのデビュー・アルバム『The Roches』の1曲めに入っている「We」かもしれない。マギー、テリーとサジーの三人の共作で、自分たちはマギーとテリーとサジー、歳は教えないし、電話番号も教えない、ニュージャージーからやって来て、今はニューヨーク・シティで暮らしている、誰か有名な人と一緒にやったこともあったかな、気になるでしょうけど苗字はR-O-C-H-Eと綴るのよ、と歌われるとても可愛い歌だ。でもマギーが一人欠けてしまった今、この歌はもう二度と歌われることはない。
 ローチェス姉妹にはもう一人デヴィッドという男の兄弟がいて、彼もまた歌を作って歌っている。デヴィッドは1992年に『Here It Is』、2008年に『Harp Trouble In Heaven』とこれまでに二枚のソロ・アルバムを発表している。デヴィッドのアルバムにはザ・ローチェスが参加しているし、デヴィッドもザ・ローチェスのアルバムに登場している。
 ローチェスきょうだいの母親は健在で、マギーにはマイケル・マッカーシーというパートナーがいたということだ。またマギーにはナッシュヴィルを拠点に歌を作って歌っている、エドワード・フェリックス・マクテイグ(Edward Felix McTeigue)という息子もいる。フェリックスはソロ・アルバムを数枚発表していて、2004年のアルバム『Radio Perfect』には、ロン・セクスミスがレコーディングに参加して歌っていた。

 2017年1月21日、あまりにも早く旅立ってしまったローチェきょうだいの長女のマギー。幅広い音楽活動をして来たマギーだが、彼女だけがソロ・アルバムを発表していない。果たして未発表のマギーの音源というものがいろいろと残されているのだろうか? 追悼の思いを込めて、残された人たちの手によって、彼女の初めてのソロ・アルバムが作られるようなことがあるのだろうか。独創的で個性的、そして何よりも魅惑的(Seductive)なシンガーにしてソングライター、マギー・ローチェの豊かな音楽人生を回顧する作品をぼくはぜひとも聞いてみたい。

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