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グランド・ティーチャーズ
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間近に迫ったジュリアン・ベイカー二度目の来日公演。


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 若くてすごいアメリカの女性シンガー・ソングライターがいると大きな話題になっていることを知って、ぼくが初めてジュリアン・ベイカー(Julien Baker)を聞いたのは、今からちょうど一年前、2018年の1月も後半近くだった。
 まずはYouTubeでジュリアンのさまざまな歌やライブ演奏をチェックして行き、確かに彼女はすごいと衝撃を受け、それと同時に2015年10月にリリースされたデビュー・アルバムの『Sprained Ankle』をほんとうに遅ればせながら手に入れて耳を傾けた。そしてそのアルバムが2017年3月に日本でもすでにリリースされていて、同じ年の10月にはセカンド・アルバムの『Turn Out The Lights』も2曲のボーナス・トラック付きで日本リリースされていることを知った。もちろんそのセカンド・アルバムもすぐに手に入れた。
 そればかりでなく、ぼくがジュリアン・ベイカーと出会った2018年1月のまさにその時、彼女の初めての来日公演が行われることも知ったのだ。日程は1月26日が東京、28日が大阪。うわぁ、行けるではないか!! しかし時すでに遅し。ジュリアンの初来日公演は東京も大阪も完全ソールド・アウトで、ぼくが知った段階ではもうどうすることもできなかった。
 何というアンテナの鈍さよ、情報収集能力の欠如よ。新しい音楽に疎すぎて、ぼくはジュリアン・ベイカーという存在をうんと遅れて知るしかなかった。そしてその歌に完全に心を奪われ、ジュリアンの世界に夢中になったまさにその時、絶好のタイミングで彼女は日本にやって来て歌うというのに、どうすることもできなかったのだ。

 ジュリアン・ベイカーのデビュー・アルバム『Sprained Ankle』(6131 Records)には、彼女の自作曲9曲が収められている。曲によってアコースティック・ギター、エレクトリック・ギター、ピアノと、ジュリアンはさまざまな楽器を使い分けて歌い、そこに彼女自身がパーカッションやキーボードなどの音を重ねたりもしている。
 何よりも強烈なのはその歌唱で、自分の中に渦巻くおどろおどろしい感情を何とか抑え込もうと、できるかぎり冷静に淡々と歌おうとしながらも、それらを抑え込むことはもちろんできず、歌っているうちに感情が溢れ出て爆発してしまう。その静から動への激しい振幅、一瞬にして沸騰する温度差、悲痛なまでの正直さ、不器用とも言えるひたむきさが聞き手の心を捉えて激しく揺さぶらずにはおかない。
 しかもジュリアンが歌うのは、「交通事故を起こして救急車で運ばれる自分のもとにやって来て」という願望であったり、「歌を書こうとしても死のことしか歌にできない」という告白であったり、「すぐに済みますよ、ちっとも痛くなんかない」という病院で看護師が自分に呼びかけてくれる言葉であったり、「わたしの正体を見抜いたら、あなたはきっと逃げ出してしまう」という諦念であったり、「誰もがポリ袋をかぶって歩き回り、フェンスを越えて線路に飛び込み、流れる血は真っ黒」という自分の友だちに対するとんでもない観察であったり、「わたしの血管には血よりも濃いウィスキーが流れ、わたしの肺の中はタールまみれ」という自分についての認識であったりする。どの歌にも死や、自虐、自己破壊、孤独、絶望、不安が渦巻いているのだ。
 アルバム・タイトルの『Sprained Ankle』は、くじいた足首という意味だが、同名の曲でジュリアンは「わたしはどこか別の場所に行って自分の顔を隠すべき? 待つことを学ぼうとしているスプリンター、マラソン選手。そしてわたしは足首をくじいている」と歌っている。

 ジュリアン・ベイカーは1995年9月25日、テネシー州メンフィスの出身。2010年、15歳の時にザ・スター・キラーズ(The Star Killers)というバンドで音楽活動を始め、やがてテキサスの大学に進んで、オーディオ・エンジニアリングや文学を学ぶようになるが、大学に入った頃からは自分で歌を書くようにもなった。ザ・スター・キラーズはフォリスター(Forrister)と名前を変えて活動を続けるが、ジュリアンは書きためていた自作曲の中で、フォリスターのバイブレーションには合わない曲をレコーディングしてソロ・アルバムを作ろうと考え、そうして生まれたのが『Sprained Ankle』だった。
 そしてジュリアンはそのデビュー・ソロ・アルバムで大きな注目を集めることになり、ソロとしての活動が中心となって、結果的にフォリスターは活動休止状態に追い込まれてしまう。
 ジュリアンは2017年にアメリカのインディーズ・レーベルの大手、マタドール・レコードと契約を交わし、まずは「Funeral Pyre/Distant Solar Systems」の7インチ・シングルをリリースし、同じ年の10月にセカンド・アルバムの『Turn Out The Lights』を発表している。同時にデビュー・アルバムの『Sprained Ankle』もマタドール・レコードから再リリースされた。

『Turn Out The Lights』も基本的にはジュリアン・ベイカー一人でのエレクトリック・ギター、アコースティック・ギター、ピアノの演奏で、出身地メンフィスの歴史的なスタジオ、アーデントでレコーディングが行われているが、弾き語りというのではなくさまざまな音が重ねられた奥行きと広がりのあるサウンドで、曲によってヴァイオリンや管楽器のミュージシャンが参加している。また一曲だけフォリスターのドラマーのマシュー・ギリアンもヴォーカルで参加していて、最初の音楽仲間との友情というか関係は良好に続いていることを教えてくれる。
『Turn Out The Lights』の日本盤につけられた山口智男さんの解説を読んでみると、そこにはジュリアン・ベイカーの興味深い発言が紹介されている。こういう発言だ。
「自分自身の欠陥を消し去る必要はないという可能性を少しずつ探っている」、「人は自分の問題や欠陥を乗りこえられるけど、たぶんそれから逃げることは一生できないから、受け入れるしかない。それには、物事を普通か異常か、良いか悪いかといった基準で判断する誤った二者択一を避けなければならない。だから結論を言えば、二重性や矛盾の受容ということになると思う」
 日本盤の解説には自分の歌は「必ずしも自伝ではない」というジュリアンの言葉も紹介されているが、その歌の多くは彼女が十代の頃、そして大学生になってから直接的、間接的に体験したさまざまなできごとから書かれていることは間違いないだろう。
そして自分自身を絶望と自虐のどん底へと追い込む歌が多かった『Sprained Ankle』と比べ、『Turn Out The Lights』では「二者択一」の呪縛から解き放たれ、「受容」を知った彼女のポジティブな歌を聞くことができる。ジュリアンにこの変化をもたらしたのは音楽そのものであって、まさに音楽が救いとなって、彼女は大きな力を手に入れていると実感できる。

 ジュリアン・ベイカーを知ったことがきっかけとなって、彼女と世代も同じなら、音楽的にも通じ合うほかのアメリカの若い女性シンガー・ソングライターの歌にもぼくは耳を傾けるようになった。1994年生まれ、カリフォルニア出身のフィービ・ブリッジャーズ(Phoebe Bridgers)、1995年生まれ、ヴァージニア出身のルーシー・ダカス(Lucy Ducus)で、彼女たちのアルバムも手に入れて愛聴していたら、何と三人はボーイジーニアス(boygenius)というユニットを結成して、レコーディングをしてEPを発表したり、ツアーをしたりするようになった。類は友を呼ぶというか、何とも素晴らしいことで、ジュリアン・ベイカーの音楽に心を奪われたなら、ボーイジーニアスにも、そしてフィービやルーシーの歌にもぜひとも耳を傾けてほしい。

 そしてもう直前に、本当に直前に迫ってしまったが、今年2019年2月の前半にジュリアン・ベイカーがまた日本にやって来て、2月9日の土曜日に東京六本木のビルボード・ライブ東京、12日の火曜日に大阪梅田のビルボード・ライブ大阪で来日公演を行う。今回はジュリアンとヴァイオリンとギターのアイシャ・バーンズ (Aisha Burns)と二人でのステージだ。
 もちろん今回は早くに情報を知った。絶対に見逃さない。間近に迫ったジュリアン・ベイカーの二度目の来日公演。興奮しすぎて転んで足首を捻挫したりして、当日行けなくなってしまったりしないよう、いっぱい気をつけて、用心に用心を重ね、ぼくはこの数日を過ごすことにしよう。

<関連リンク>

ジュリアン・ベイカーのホームページ
https://julienbaker.com/

ジュリアン・ベイカー ビルボードライブ来日公演
http://www.billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=11274&shop=1

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