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グランド・ティーチャーズ
中川五郎さんのセンセイたち。ってことは、僕たちのグランド・ティーチャーズ。同時代を生きる共感と敬愛を込めて、ご案内いただきます。

ジェスカ・フープ。その歌にぼくはもう11年半も魅了させられ続けている。


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 今年2019年の夏にリリースされたジェスカ・フープ(Jesca Hoop)の新しいアルバム『Stonechild』がとても素晴らしくて、繰り返し耳を傾けている。これはまたこの「グランド・ティーチャーズ」の連載でジェスカのことを取り上げなくちゃと思い、前回書いたのはいったいいつだったのだろうかと過去の文章を遡ってみた。
 前回5月に書いたカナダのバハマスの文章は何と「グランド・ティーチャーズ」の第96回目で、そこからどんどん遡って、2009年4月の記念すべき第一回目のベン・ソリーのことを書いた文章までたどり着いた。しかしジェスカ・フープのことを書いた回は見当たらなかった。
 ローラ・ギブソンやジュリアン・ベイカー、シルヴィア・ペレス・クルースやバーズ・オブ・シカゴのアリソン・ラッセル、ウォリス・バードやローラ・ヴィアーズ、ハット・チェック・ガールのアニー・ギャラップ、シネイド・オコナー、アーニー・ディフランコやメリッサ・フェリック、アビゲイル・ウォッシュバーンやカロライナ・チョコレート・ドロップスのリアノン・ギデンスなど、ぼくよりもうんと若い世代の女性のシンガー・ソングライターやミュージシャンはこれまでいっぱい取り上げているのだが、この「グランド・ティーチャーズ」ではジェスカ・フープについては一度も書いていないではないか。
 ジェスカについてはどこかで書いた記憶が確かにある。「グランド・ティーチャーズ」じゃなかったら、いったいどこで書いたのだろう? 彼女のアルバムが日本で発売されて、それの解説をぼくが書いたということもない。どこかの雑誌や新聞に彼女のことを書いたということもない。いったいぼくはどこでジェスカのことを書いたのだろうと、衰退していくばかりの記憶力と闘いながら必死で考えていたら、ようやく思い出した。
 もう10年以上も前のことになるが、ぼくは自分のホーム・ページで、「徒然」、あるいは「The World According To Goronyan」というタイトルのもと、自分のライブのことやツアーのこと、自分の歌のこと、そして自分が気に入ったミュージシャンやそのアルバムのことなどを日記というかエッセイのようなかたちでせっせと書き綴っていた時期があった。その時にぼくはジェスカ・フープのことを取り上げて書いていたのだ。
 そこで「徒然」や「The World According To Goronyan」のアーカイブを調べてみたら、2008年4月18日の「徒然」で確かにぼくはジェスカのことを書いている。

 話はちょっと脱線するが、自分のホーム・ページの「徒然」や「The World According To Goronyan」で何年にもわたって書き続けた文章は、かなりの分量になっている。いつかそれらを纏めて編集して一冊の本にできたらいいなと夢を見ていたこともあったが、それは結局叶わなかった。そしてこの「グランド・ティーチャーズ」もまた、そもそもはずっと書き続けるうちにいつか一冊の本になればいいねということで始まった企画だった。2009年4月の第1回目から数えて、もう10年半、今回で第97回目となってしまったが、一冊の本に纏めるという当初の計画はまだ実現していない。何の気配も見えてこない。
 ただ今年の6月25日、ぼくがこれまでに書いたさまざまな文章を編集者の浜野智さんがセレクトし、そこにぼくが新たに書き下ろした文章も加えて『七十年目の風に吹かれ 中川五郎グレイテスト・ヒッツ』という本を平凡社から出版することができたのだが、その中の第2章「ぼくのグランド・ティーチャーズ」に、この「グランド・ティーチャーズ」で書いた文章が11篇選ばれて収録されている。当初は15篇ほどが収録される予定だったが、紙幅の関係で最終的には11篇になってしまった。この「グランド・ティーチャーズ」の文章が本に収められたのはぼくにとっては嬉しいかぎりだが、「グランド・ティーチャーズ」を100回まで書き続けたところで、そこでひとまず区切って一冊の本にできたら、それはもう至福の極みというか、最高のできごとだと言える。そしてそこからまた次の100回に向けて書き続けるのだ。

 話がかなり脱線してしまった。ぼくが2008年4月18日の「徒然」で書いたジェスカ・フープについての文章を、ここに再録してみることにしよう。

 Amazon.co.jpにおととい注文して、昨日にはもう届いたジェスカ・フープ(Jesca Hoop)のアルバム『キスメット/Kismet』を何度も繰り返し聴いている。とてもとても気に入った。
 アルバムは去年2007年の9月にリリースされていたのだが、すぐに手に入れることはなかった。アルバムのジャケット写真の印象から、もっとスタンダードぽい音楽をやっているのではないかと早とちりしていたし、イスラム教の言葉で神が定めた運命を意味する「キスメット」というタイトルにも、ちょっとだけ引いてしまっていた。
 しかし半年遅れで聴いてみると、このアルバムは、そしてジェスカ・フープというアーティストは、ほんとうに面白いし、ユニークな音楽を作り上げている。聴くたびにその世界に引き込まれてしまい、気がつくと何度も何度もCDをリピートしてしまっている。
 ジェスカ・フープのホームページ(http://www.jescahoop.com)にあるバイオグラフィーによると、ジェスカは南カリフォルニアで五世代続く、厳格なモルモン教徒の家族の五人きょうだいのひとりとして生まれていて、幼い頃から家族全員で音楽に親しみ、古いフォーク・ソング、それもマーダー・バラッドや讃美歌などを、四声のハーモニーで歌っていた。
 そんな歌ばかり歌っているジェスカは同世代の中では特異な存在だったが、もちろん友だちみんなが夢中になっている音楽にも同時に耳を傾け、家でMTVは禁止だったものの、彼女はラジオを通じて、ポリス、ティアーズ・フォー・フィアーズ、デュラン・デュラン、ビートルズ、キャット・スティーヴンス、ビースティ・ボーイズ、レッド・ツェッペリン、ジョニ・ミッチェル、トーキング・ヘッズなどの音楽に親しむようになった。また親が聴いていた、ポール・サイモン、イアンとシルヴィア、ニール・ダイアモンド、ペンタングル、アバ、ポーグス、ジェイムス・テイラーなどの影響も、知らず知らずのうちに受けたということだ。
 両親の離婚がきっかけとなってジェスカはモルモン教の世界から離れるようになり、母親は自宅の地下で小さなシアターを始め、そこには地元の変わった人たちが集まり、彼女はそんな人たちと交わり、友だちとマリファナを吸ったりするうち、自由の味を覚えていくようになった。
 ジェスカは家を出て、数年間北カリフォルニアやワイオミングの原野に入植し、アリゾナの高地での情緒不安定児のリハビリテーション教育に携わったりもした。
 再びカリフォルニアに戻ったジェスカは友人とデュオを組んで北カリフォルニアのクラブを中心に本格的な音楽活動を開始したが、もちろんそれで生活が成り立つわけがなく、何かアルバイトを探さなければならなかった。そこで見つけたアルバイトがトム・ウェイツ家での子守りの仕事で、彼女はトムとキャスリーン・ブレナンの三人の子供の世話をするようになった。
 そして後はちょっとできすぎている話なのだが、ジェスカの才能に気づいたトムが、彼女のデモ・テープを知り合いに紹介し、それが地元のラジオ局やレコード会社などの間でどんどん広まっていき、かくして今日のような注目を浴びるに至ったというわけだ。
「ジェスカ・フープの音楽は、四面あるコインのよう。いにしえの人物にして、黒い真珠か心良き魔女、もしくは赤い月のよう。彼女の音楽は夜に湖で泳いでいるみたい」と、トム・ウェイツがコメントしているジェスカの音楽は、ほんとうにユニークで、変化に富み、これまでどこにもなかったようなタイプのもので(「Intelligentactile 101」という曲では、何と吉田兄弟の三味線まで登場している)、とにかく『キスメット』に耳を傾けてくださいと言うほかはない。
 そしてぼくはジェスカ・フープの音楽を聴いていて、HONZIのことを強く思ってしまった。もちろん二人はまるで違うことをやっているのだが、ジェスカの音楽の中にはHONZIが見え隠れしていて、『キスメット』を繰り返し聴きながら、「あっ、HONZIみたい」、「わっ、HONZIもこんなの好きだろうな」、「HONZIもこんなことやりたいんじゃないかな」と、何度も何度も思ってしまった。HONZIと同じ感性を持ち、同じことをやりたがっている女性を、遠く離れたアメリカで見つけたような気がした。
 HONZIにジェスカ・フープの音楽、聴かせたかったな。面白がってくれたかもしれない。でもジェスカには、きっといつか、HONZIの音楽、聴いてもらえるだろうな。

 2008年4月にぼくはジェスカ・フープについてこんな文章を書いていたのだ。ぼくのライブで一緒に演奏してくれたり、レコーディングにも参加してくれた素晴らしいミュージシャン、最高のバイオリニストのHONZIがこの世を去ったのは、2007年9月28日のことだった。そしてジェスカにHONZIの音楽を届けるチャンスに、ぼくはまだまったく恵まれないままだ。「徒然」でジェスカの文章を書いてからもう11年半になる。

 2007年9月にリリースされたデビュー・アルバムの『キスメット』以降も、ジェスカ・フープは活発に音楽活動を続けている。ロック・バンド、エルボウ(Elbow)のマネージャーと知り合ったことがきっかけとなって、2008年に彼女はバンドの本拠地のイギリスのマンチェスターに移り住み、カリフォルニアとは正反対の気候に苦しめられながらもその街で曲作りやレコーディングにせっせと取り組み、2009年にはセカンド・アルバムの『Hunting My Dress』を完成させた。2011年にジェスカはピータ・ゲイブリエルの「ニュー・ブラッド・ツアー」にバックグラウンド・ヴォーカリストとして参加し、2012年にはサード・アルバムの『The House That Jack Built』を発表。
 その後『キスメット』や『Hunting My Dress』の収録曲をアコスティック・ヴァージョンで演奏し直したアルバムを作ったり、アイアン&ワイン(Iron & Wine)のサム・ビーム(Sam Beam)とのデュエット・アルバム『Love Letter For Fire』を作った後、2017年に4枚目のオリジナル・アルバム『Memories Are Now』、そしてこの夏の最新作『Stonechild』へと繋がって行く。

『Stonechild』というアルバム・タイトルは「化石胎児」を意味する言葉だ。その言葉が象徴するように、ジェスカは新しい作品全体で女性をめぐるさまざまな問題、出産や子育てのこと、母性とは何か、女らしさとは何か、そして女性に対する世間の差別や嫌悪のことなどを、決して直接的、単純なかたちではなく、彼女ならではのユニークで独創的なやり方で歌にして歌っている。アコースティック・ギターがつま弾かれ、ハープのような音も聞こえると、フォーク調でパストーラルなサウンドながら、これまでのフォークにありがちな母の優しさや愛を歌い上げるようなところからはうんと遠く離れている世界だ。そして女性こそが偽りの母性に自らを縛りつけていることや、女性が女性の敵となって大きな問題や矛盾を生み出していることなどをあぶり出すかのような、強烈な歌の数々を聞かせてくれる。
 ジェスカ・フープ。ぼくがもう11年半追いかけ続けている、そしてその歌に魅了させられ続けている、とんでもないシンガー・ソングライターだ。

 

最新アルバム『Stonechild』
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