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気晴らし日記

2019.12.10


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11月の中旬に干した写真の柿はもうすっかり良い具合で2歳の娘のおやつになっている。今年残された農作業は夫のトラクターでの作業と、資材の片付けと事務作業で、並行して来年度の準備が始まる。冬は片付けと麹作りと、2月からの育苗、通年ある出荷作業を除いては確定申告くらいで私は2ヶ月くらい時間に余裕ができる。ミュージシャンで食いたいのなら泥まみれで毎日農作業などせずにそれに没頭すれば良いのかもしれないけれど、子を産んで育てながら人の食べる作物を苦労して作っては売り生活していると心身健全でいられて、ミュージシャンでない方が良い演奏ができる気がしている。咲く咲かない関係なくがむしゃらでない音楽そのものを少しずつ掴めているような気もしている。
この余裕ができる2ヶ月の冬の間にどうしても習得したいのはponta de areia で、これはミルトン ナシメントの作った曲なのだけれど、74年のエリスの音源、ドリ一族のナナ カイーミの音源など様々聴いても感じが掴めないでいる。夏に下北沢で一度演奏しているので、可笑しな表現になるが歌うことはできるのだけれど、どうしても感じが掴めない。感じ、は雰囲気と言うのだろうか。ミルトンの歌っているものもいくつも聴いたのだけれど、最近のミルトンはどっしりし過ぎていてponta de areiaを作った頃の感じはなく参考にならない。もうこうなったらブラジルポルトガル語をせめて単語だけでもわかるように勉強し、あとはコラソン(魂)とか、ブラジル独特の日本にないサウダージ(郷愁)の雰囲気掴みかと思う。夫の知人の関係で亡くなって一年になるベーシストのアルトゥール マイアの葬儀の様子を動画で観たのだけれど、黒い服ですすり泣く日本とはまるで違う、大演奏の葬儀だった。輪廻転成の様な、自然に還る土葬の様な、日本語では説明のつかない何かがあるような気がした。夫のブラジルの知人が焼き鳥のハツもコラソンと言っていて、魂も心臓も同じ表現なのには笑ったが、ひょんなことでfacebookで繋がっているパーカッショニストのシジーニョ モレイラ の投稿は毎日太陽のように情熱的にあっけらかんとしているしで、サウダージもきっと郷愁だけでない意味があるのだと感じる。
八ヶ岳おろし と呼ばれる厳しく寒い風の冬の小淵沢で、ponta de areia がどこまでわかるか、挑戦だ。真冬に演奏動画をお届けできるよう、がんばります。

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