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アンダーウォーター
水中を優美に泳ぎまわるように見えつつ、水面下では激烈な男の世界が繰り広げられる競技、水球。高校運動部の厳しい練習に辟易しつつも耐え、ポップ・カルチャーを全身に浴びて過ごした90年代の回想的小説。

「ツラ上げ」と「声出し」


登場人物


水球のコート(プール)は縦30メートル、横20メートルの長方形だ。
縦幅30メートルの端と端には、幅3メートル、高さ0.9メートルのゴールが浮かぶ。
ゴールはプラスティック製のフィールドロープによって
横幅20メートルの中央に固定される。

プールの水深は2メートル以上あり、足をついて立つことはできない。
また試合中、水に潜って底に足をつくことはルールで禁じられている。
だから選手たちは水の中にいる間、常に巻き足をして浮いている。
巻き足ができない水球選手というのは、
地面に立つことができないサッカー選手のようなものだ。

プールサイドにタイマーをセットした光太郎と小柴がプールの中へ戻り、練習が始まる。
水の中の15人は、ゴールから2メートル離れたオフサイド・ライン上で2列に並んでいる。
ゴールを背にして横に広がり、1列目に8人、2列目には7人。
身体を前に倒し、カエルのような体勢で柏さんの笛を待つ。

プールサイドの柏さんが口のそばで笛をつまみ、大声で言う。
「ハイじゃあまず、ツラ上げ!」
間髪入れず一年生部員が大声で復唱する。
「ツラ上げでぃす!!」
ピッ!膨張した午後の暑い空気を、甲高い笛の音が切り裂いた。
と同時に、1列目の8人が30メートル先に浮かぶ反対側のゴールへ向かって、一斉に泳ぎ出す。
16本の脚がドドドド、という地響きのような音をたてて水を刻み、高々と飛沫を飛ばす。
水面が激しく揺れる。

水球ではたいていの場合、顔を水につけず、あげたままの状態でクロールを泳ぐ。
この泳ぎ方を、僕たちは「ツラ上げ」と呼んでいた。
顔を上げて泳ぐことで、ボールの行方や敵味方の位置などを把握し、
自分が次にとるべき行動を導き出すのだ。
ツラ上げは美しい泳法ではない。
いつボールが飛んできても即座に対応できるように、
通常のクロールよりも速いピッチで腕をかく。
また、上半身に浮力を与えるため、
通常のクロールよりも膝を曲げた状態でキックを打つ。
この泳ぎ方は体力を激しく消耗する。
しかし水球という競技においては、ツラ上げこそがスタンダードなのだ。
特にスピードが必要な時には顔を水につける通常のクロールで泳ぐのだけれど、
その間は当然、プール全体の状況を目で追えなくなってしまう。
顔はできるだけ上げておくのが好ましい。

2列目でスタートの笛を待って浮く僕の顔面に
複雑なパターンの波が打ち寄せ、跳ね、目や鼻に侵入した。
水球選手は、顔にかかる水を気にしない。気にしてはならない。
試合では、ゴーグル(水中メガネ)の使用は認められないのだ。
ほぼ裸同然の身体同士が激しくぶつかりあう競技だから
プラスティック製の硬いゴーグルは危険とされ、つけられないルールになっている。
その状態に慣れるため、練習でもゴーグルはつけなかった。

ゴーグルなしで泳ぐことは、慣れないうちはなかなか辛い。
主な理由は二つある。
まず、大量の塩素が溶けている夏の屋外プールの水は目にしみて、
刺すような痛みを伴うということ。
塩素の散布は衛生面から必要不可欠だ。
これを怠って保健所の検査をクリアできなければ
プールの使用を許されなくなる場合もある。

碁石のような固形塩素を定期的にプールに蒔くのは一年生の役目だった。
夏の初め頃、三年生から
「目が痛くなるから塩素は蒔くな、適当に捨てておけ」
と命じられたことがある。
素直に従ったら、プールの中に大量の藻が発生した。
たちまちのうちに塩素廃棄の事実が発覚し、実行犯の小柴は
プールを管理する大学水泳部の監督から大目玉を喰らった。
なぜやった、と訊かれたところで
「三年生に言われてやりました」
なんて答えられるわけがない。
激しく怒鳴られながら、小柴はただただ頭を下げて謝り続けた。

そしてもう一つの理由。
ゴーグルをつけているのと、いないのとでは、目の前に広がる光景は全く異なってくる。
裸眼に直接触れる水中の世界はぼやけ、歪み、先の方は霞んで目測がきかない。
ゴーグルの透明なプラスティックごしに見る水中よりも、はるかに混乱して見えるのだ。
混乱は恐怖、恐怖はパニックに直結する。
焦って呼吸を乱し、さらに冷静さを失えば
泳ぎのフォームが崩れてしまうことも少なくない。
そんな状態でゲームの流れを把握し、正しい判断を下し行動に移すことは
不可能といっていい。
歪んだ光景に慣れ、どんな状況下にあっても図々しく落ち着き払って呼吸をできるよう、
僕たちは目を赤くしながらゴーグルなしで泳いだ。

1列目の8人が10メートルほど進んだのを見送ると、柏さんはこちらを振り返った。
「ハイ次、2列目!」
「うぇぇぇーい」
雄叫びのような返事を返しながら身体を横に傾け、脚を前後に大きく開いた状態で待機する。
水球のルールでは、プールの底だけでなく壁面を蹴ることも禁じられている。
水面にプカンと浮かんだ状態から壁を蹴らずに泳ぎはじめると、
勢いがつかずなかなかスピードにのりにくい。
そこで、水球選手たちは壁面を蹴るかわりに、
日本の古式泳法「伸泳」(のし)のキックを一発入れる。
身体を横に倒し、前後に大きく開いた脚(膝は軽く曲げておく)を
力強く閉じることで推進力を得るこのキックは、
十分な溜めを必要とするため連発は不可能だが、瞬発力に優れている。
水球ではおおよその局面において、
このキックで勢いをつけてからツラ上げへ移行し、猛然と泳ぐのだ。

ピッ!笛が鳴った。
伸足のキックを一発入れ、かぶせるようにバタ足を打ってツラ上げで進む。
7人のキックが水面を大きく波立たせる。
僕の左隣を泳ぐのはイワン、右隣は長谷部だ。
イワンは顔にかかる水飛沫に目を細め、口元を歪めながら懸命に腕をかく。
プールサイドではヘラヘラと笑っていた長谷部も、今はその表情を引き締め
垂れ目にはギラギラとした光を宿している。

ツラ上げのストロークは通常のクロールよりも入水が乱暴で、飛沫が上がりやすい。
互いに飛ばしあう飛沫が目にかかり、
イレギュラーな波が思いがけないタイミングで鼻に入り、口の中へと流れ込む。
焦ってはならない。
鼻の奥がツンと痛んでも、大量の水を飲み込んで呼吸が乱れても、
頭は冷静さを保って激しく身体を動かし続ける。
鼻から入った水に喉の奥を刺激されてゴホゴホと咳きこみながら、
自分のフォームが崩れていないか確認し、ストロークが乱れていれば補正する。
頭の中から雑念が消える。意識を自分のフォームに集中する。

目指すゴール前のオフサイド・ライン上では
先に着いた1列目の8人が巻き足で浮かび、次の笛に備えて息を整えている。
心臓がバクバクと鳴って息が荒くなっている時には、深呼吸を心掛けるといい。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
そんな悠長なことしている場合じゃない、もっと酸素を送りこめ、もっと、もっと!
肺はそういって急かすけれど、苦しいのを我慢して深呼吸を続ける。
その方が、呼吸はより早く落ち着きを取り戻すのだ。

「ぅえいっ、ぅえいっ、ぅえいっ、ぅえいっ」
1列目で泳いだ白井が声出しを始めた。光太郎と小柴がそれに続く。
練習中、一年生は隙あらば声出しをする。
雰囲気を盛り上げるため、なのだろう。
自らを鼓舞する意味もあるのかもしれない。
なぜ声出しをしなくてはならないのか、上級生から理由を説明されたことはなかった。
とにかく出す。
泳いでいる時や、パスやシュートの練習をしている時には出さないが、
メニューとメニューの合間など、何かを待っている時には絶対に声を出す。
出さなければ上級生から「オラ、声が出てねえぞ!」と怒鳴られる。
怒鳴られたらマイナス1ポイント。
ポイントが貯まればまわしがプレゼントされる。麗しの連帯責任。

だから僕たちは、激しい泳ぎを終えたばかりで呼吸が整っていなくても
とにかく声出しに励んだ。息が苦しくて声が裏返ってもかまわない。
やることに意義がある。いや、やらなくてはならないのだ。

入部したての頃は、意味不明の大声を上げることが恥ずかしかった。
だってそうでしょう?
「ぅえいっ、ぅえいっ」って、そんなのまるで絵に描いたような体育会じゃないか。
声は遠くまで響く(それぐらい大きな声でないと上から怒られる)。
プールの敷地外にいる人たちにも当然聞こえるはずだ。
一体、どう思われているのだろう?
従順で野蛮な馬鹿だと思われていやしないだろうか?
まだプールの水が冷たい四月、僕はそんなことを考えながら声を張り上げていた。

意識の変化はすぐに訪れた。
五月の連休中には、声出しをすることに照れを感じなくなった。
敷地の外に声がこだましたところで
誰も気にしちゃいないという事実に気付いたのだ。
そしてここはまごうことなく、絵に描いたような体育会なのだ。
むしろ、声出しをすることでホッとするようにさえなった。
単純な言葉を仲間と連呼していると、徐々に一体感を得られる。
長く続ければ、軽いトランス状態になることもあった。
やっぱり従順で野蛮な馬鹿なのかもしれない。

僕は自分が変わっていくことに奇妙な驚きを感じた。
慣れていくことで気持ちは楽になった。
そしてそれと同時に、一抹の不安を覚えた。
照れを感じなくなっていく自分は、体育会の人間になりつつあるのだろうか。
それは何だかおそろしいことのように思えてならなかった。

しかし何といっても、声出しをして怒鳴られることはない。
僕にとって声出しは、まず第一に
「やる気、ありますよ」
「言いつけられたこと、ちゃんとやってます」
という、上級生に対する従順さのアピールだった。
媚びているのだ。
ようするに、こわいのだ。上級生が。まわしが。
オフサイド・ラインまで泳ぎきると、
僕は荒れた呼吸を押さえつけるようにして大声を張り上げ
声出しの輪に混じった。

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