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うたとギター
シンガー・ソングライターがギターを弾きながら一人っきりで歌っているアルバムを聴きながら…

「死刑!」ビリー・ブラッグ


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Billy Bragg "Back To Basics"

アコースティック・ギターではなく、エレキ・ギターの弾き語りアルバムです。ビリー・ブラッグは1983年にデビューしたイギリスのシンガー・ソングライターで、これは初期の3枚のEPとLPをコンパイルしたものです。

いま気づいたんですけど、ジャケットに"Roots Of Urbane Folk Music"と自ら記しているってことは、俺はフォークなんだと、デビュー時からはっきりと志向していたんですね。都会のフォーク・ミュージックだと。

のちにWilcoといっしょに元祖フォークのウディ・ガスリーの未発表詩を歌にして発表するということをするわけですが、デビュー時から、自分は現代のウディ・ガスリーなんだと、労働者階級の人々の立場で歌うんだと、そしてサッチャー(当時のイギリスの首相)なんてくそくらえ、死刑!(by がきデカ)だと、怒りまくってたわけですね。

すごいですね。

当時はそんな政治的な姿勢はよく理解できぬまま、バブル期のお気楽な大学生であった僕は、エレキで弾き語る人、ひとりパンク、けどメロディアスな良い歌を書く人、というふうに聴いていました。バカでした。今もバカなのでよくわかりませんが、当時のイギリスの社会状況って、格差社会という言葉が使われるようになった今の日本に近いんでしょうか?サッチャー女史は富国のために企業やお金持ちを優遇する税制を作り、低所得者層を切り捨てる政策を実行したとか読んだことがあるんですけど、小泉さんのしたことに近いのかな。

ビリー・ブラッグの話からはちょっと外れるんですけど、アコースティック・ギターを弾いて歌うという、典型的なフォークのスタイルは、70年代に流行りすぎたせいか、80年代が始まり進行するとともに、なんだか時代遅れのような、ちょっと恥ずかしいことのような、そんな感じになっていったような気がします。いやもちろん、僕の個人的な印象ですけどね。

回想すると、僕が中学生だった頃はまだ、文化祭なんかで生ギターで弾き語ったりすると、それだけでちょっと、いま僕ヒーロー?みたいな(笑)脚光を浴びる感じがありました。13歳から15歳だから、1979年から1981年になるのかな?特に呼び込みをしなくとも教室にはいっぱい、人が集まりました。

それが、高校に入って、一年生まではなんとか、たとえば学園祭の教室でオフコースなんかを弾き語ると、歌い終わった後に他校の女子高生から声をかけられる、というようなおいしいこともあったりしたんですけど(笑)、人前で弾き語りをしたのはその1982年が最後で、翌年以降はバンドを組んでのみ、歌うようになりました(一年のときは両方してました)。子どもゆえ鈍感でいられたと思うんで、シーンの動向からはずいぶん遅れていたと思うんですけど。

70年代に、フォーク、ニュー・ミュージックの人としてデビューしたシンガー・ソングライターも、80年代になると、みんな、『転向しよう、そうしよう』じゃないですけど(笑)、フォークであったことを捨てて、忘れて、いやほんと、フォークなんて一言も言わないようになって、ロック寄りに転向していきました。ロック寄りって(笑)

相原コージがマンガ『コージ苑』で、ほんとは長渕剛が好きなんだけど、そうだとはカミングアウトできずに「ツヨシごめんよ〜」だったかな?って言って煩悶するキャラクターを描いていたのもその頃だったと思います。85年頃か。

あ、いやそれは、長渕剛がフォークだから、クラスメートからバカにされるのが恐くてでカミングアウトできない、ってことではないですよ。そうじゃなくてきっと、あれほどフォーク、フォークって言っていた人(長渕)が急にロッカーを自称するようになった、その変わりようがかっこわるい(失礼)とみなされ、茶化されたんですよね、たぶん。

松山千春がトレードマークだったオベーション(っていうのもすごいな冷静に考えると)のギターを置いて風船を蹴りながらハンドマイクで歌ったり、チャゲと飛鳥がCHAGE and ASKAになったり(僕もひとのこと言えない)、そんなふうに多くのフォーク出身のシンガー・ソングライターがロック化したり、ポップ化したり、フュージョン化したりしていきました。改革には痛みも伴います。本人が痛い場合もあったろうし、他人から痛がられる場合もあったでしょう。のどをつぶしたり、茶化されたり。

けど早い時期の自発的な転向というか、商業的に媚びてやったとはみなされない変化は、かっこわるいことにはなりませんね、当然。むしろかっこいいこととされますね。ディランなんかその最たるものですけど、国内だとRCサクセションがそうかもしれません。時代とともに、追求したいサウンドの変化って、あって当然ですもんね。長渕剛さんもきっと、そういうことでロッカーになったんだと思いますけど。

話はズレまくりますが、前回書いたラウドンさんは一貫して弾き語りでライブをし続けてるんだよなあ、、、80年代も。MCで冗談ばっかり言ってるけど、そこらへんのタフさというか、たくましさというか、ブレなさは、やっぱり憧れてしまいます。僕ブレまくり。

で、話を戻すと、時代がロック一辺倒になって、かっこわるい言葉だなあ(笑)、時代がロック一辺倒になって(笑)、というよりも、音楽テクノロジーの進歩によるものなのか、時代のムードなのか、デジタルでダイナミックなサウンドが求められるように(ほんと僕ってボキャブラリーが貧困、笑)なったときに、このビリー・ブラッグさんは、生ギターではなくエレキ・ギターを持つことで、フォーク本来の姿を保ったまま時代に通用する音でもって登場したのでした。かっこいい。これが現代のフォークだぜ!ジャキーン!って感じ。アコギだとチャラーン。

で、また自分の昔話をすると(笑)、僕が22歳のときに最初に作ってレコード会社とかに送ったデモ・テープはアコギでなく、エレキ・ギターで弾き語ったものでした。ギブソンのセミアコでしたけど。それが1988年。

1990年代に入ると、不思議と、もうアコギだろうとエレキだろうと、どっちでもいいんじゃないかって気分になって、音を出すのが簡単な(笑)、いやそれは冗談ですが、アコギを使うようになりました。どっちでもいいっていうのはどういうことかというと、アコギを持とうがエレキを持とうが、バンドを組もうが、大差ないというか(笑)、どっちにしても教室はいっぱいにならないというか(笑)、モテたかったら今はDJっしょ、みたいな(笑)そんな時代になったので。

ちなみに2000年代はというとあれですかね、格差を伴った多様化(by 村上龍)ってやつで、アコギ弾き語りだろうがエレキ弾き語りだろうがバンドだろうがDJだろうが、売れてなければなんだっていっしょっしょ、みたいな(笑)、何をやっても自己責任において自由、みたいな、そんな感じですかね。いや、よくわからないけど、少なくとも80年代のようには、何がかっこよくて何がかっこわるい、何がCoolで何がダサい、みたいのって、なくなりましたよね。フォーク、ロック、クラブ、ジャンルによって人気の違いは依然として強くあるけども(格差)、そこにおいて優劣はないというか、どれを選んでも人からとやかく言われる筋合いはないというか、インターネットのおかげかもしれませんけど、それはいい時代になったのかもしれないと思います。そんなわけで僕はもっぱらアコギ弾き語りをするようになりました(笑)

そう、第一回目のジョニー・キャッシュさんのところでのキーワード、「基本に還れ」が、ここではタイトルになって堂々と書かれていますね。このコンピレーションが出たのが1987年。実はこのアルバムよりも、前年に出た"Talking With the Taxman About Poetry”の方をよく聴きました。ほんとは一番好きなアルバムは1988年に出た"Workers Playtime"なんですけど、それは弾き語りアルバムではないので載せませんでした。

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