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Magazine MIDI Special

洪栄龍、今あるがままを凝縮した最新二部作


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 ゴールド・ジャケットの『IN MY LIFE』とパープル・ジャケットの『IN MY LIFE Instrumental』。還暦を経てますます盛んな匠ギタリストの最新二部作を飾るイラストレーションの肖像は、まさに“ガルシアの首”のような佇い。といってもハード・ボイルドなサム・ペキンパーの映画の方じゃなくて、あくまでもラヴ&ピースな偉才ジェリー・ガルシアのそれに匹敵する存在感からの印象です。

 再び自身の音楽創作を再開させた久方ぶりのソロ2枚目『天地洪荒』(97年)、中国五行説をモチーフにした『大河滔滔』(00年)と、深遠壮大なインストルメンタル・アルバムを心ゆくまま続けてから、いよいよ待ちに待った歌物を交えた意欲作をこしらえてくれました。

 そして、それらの歌たちは4半世紀以上前、かつて乱魔堂や最初のソロ作『目覚まし時計』で描いてきた風景の続きのようでもあり、発する息吹も不思議と年季や時代といった重さを感じさせません。最初からシングス・シンプル・シングスで、今もそう。だから一貫した想いが、そのまま伝わってくるのでしょう。実直で他愛ない日暮しの歌ながら、真情を宿しているという、吟遊ギター弾きの永遠に無垢な独白として。

IN MY LIFE  MDCL-1492 /2009.03.18
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IN MY LIFE instrumental MDCL-1496 / 2009.07.08
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 僕が最初に洪栄龍さんのお名前を認知したのは学生時分、大好きだったセンチメンタル・シティ・ロマンスの告井延隆さんが、乱魔堂の強化メンバーとして洪さんと一緒だったことがあるのを知ってから。でもその音楽は、ウエスト・コースト・サウンドの系譜としてとらえていたセンチとはだいぶ毛色が違っていたので、一瞬戸惑いましたが。

 時折かたくなにエッジをかざしてくる邪気や翳りが、センチやはっぴいえんど以上に英米ニュー・ロックの猥雑さを反映していたこと。そして、演り手と聴き手が思念を交わしながら集う本堂といった意味合いが、風変わりなバンド名にあることを知り、その特異なフラワー・パワーのような磁場に、いつの間にか魅入られてしまった次第です。

 乱魔堂唯一のアルバム『乱魔堂』が98年、復刻される際に曽我部恵一さんが寄せたライナー・ノーツは、彼のエッセイ集『昨日・今日・明日』にも収められましたが、そこにはひとかたならない想いと思い込みが端的に綴られていて、実に微笑ましいです。さらに、サニーデイ・サービス「さよなら!街の恋人たち」の中の“夏が来るってだれかが言ってたよ”という下りが、乱魔堂「可笑しな世界」の最後に出てくる囁き“夏が来るんだって?”を受けてのものなのでは?、と察せられた段には、この2つのバンドを結ぶ赤い糸が見えたような気がしたりして。

 その後も、曽我部さんが監修・選曲した和モノ・コンピレーション『グッド・モーニング・ジャパン』(03年)の要所に、乱魔堂の「風がぴゅー・ぴゅー」が収められるなど、呼応は続きました。これも余談続きですが、寺尾紗穂さんの「風はびゅうびゅう」にも何らかのインスパイアが?・・・あったとはさすがに思えませんが、聴き手としては「風がぴゅー・ぴゅー」の行き場のない不安に、安堵の結びを寺尾さんの曲がつけてくれたと、ひそかに勝手に解釈しています。

 今回のアルバム表題曲「IN MY LIFE」は、やはりビートルズのカヴァーで、ギター独演による美しい響きをあしらったレクイエムとして余韻を残しています。とりわけビートルズが来日した66年6月は特別な季節として刻まれているはずですが、その時すでにバンド稼業に踏み入れていた洪さんの目に、彼等はどんな風に映っていたのでしょうか?

 在学中に布谷文夫さんや大滝詠一さんと結成したタブーを皮切りに、レコードを出さなかった主要GSとされるビッキーズを布谷さんや竹田和夫さんと組んでいたのがその頃で、渋谷のディスコで演奏している貴重なスナップが『日本ロック紀GS編』(黒沢進・著)に掲載されています。69年、ビッキーズが発展したブルース・クリエイションの立ち上げに参加した洪さんは、間もなく自身のブルース・ロック・バンド、ブラインド・レモン・ジェファーソンを結成。伝説の戦前ブルース・ギタリストの名をそのまま冠して志の高さを窺わせるも、同年末に解散してしまいます。翌70年初頭からは、再び布谷文夫さん、告井延隆さんらとDEWを結成して、芽生えたオリジナリティを育み始めるものの、71年末に解散--と、目まぐるしく離合集散を繰り返したのも、激動の時代のあおりなのかも知れません。
 そして72年から乱魔堂をスタートして、自らの日本語ロックをものにしていきます。はっぴいえんどの事務所、風都市の所属になったことも少なからず影響したようで、従来のブルース・ロックから西海岸ロック辺りまでを標榜し、ポップな新機軸を打ち出すなど大きく開眼。ただ、それが皮肉にもバンドの寿命を縮めてしまう結果となってしまったようですが..。

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 ビッグ・ビル・ブルーンジー、バディ・ガイ、ジェリー・リード、チェット・アトキンス、ダニー・コーチマー、コーネル・デュプリー、etc. と黒人白人、ブルースからカントリーまで、洪さんお好みのギター弾きは多岐に渡るようですが、共通しているのは、まず歌ありき、アンサンブルありきで、それぞれの技量が磨き上げられているということ。優れた歌伴ギタリストであることが基本で、乱魔堂の後に結成したスラッピー・ジョーは、そうした志向をより反映しながら、いろんな歌や歌唄いとの出会いを果たして行きます。

 遠藤賢司さんのツアー・バンドとして全国を巡ったり、中山ラビさんのバッキングに尽力したり。特にラビさんとは、乱魔堂時代にデビュー作『私ってこんな』(72年)を、キャラメル・ママ直前の細野晴臣氏、林立夫氏と3人で後見してから、セカンド『ひらひら』(74年)をスラッピー・ジョーで全面支援、サード『ラビ女です』(75年)を元フラワー・トラヴェリン・バンド石間秀機氏のトランザムと一緒に手伝うなど、とても濃い関わり合いを示しています。

 そんな邂逅を踏まえながらの初ソロ作『目覚まし時計』(75年)。ゆえに、確かな歌心が刻まれているというわけです。カントリー・フレイヴァーを瑞々しく湛えたアメリカン・ミュージックの豊潤な味わいが、洪さんならではの流儀で染み渡らせてあるそのアルバム。ナチュラルなジャケット・デザインは、レオン・ラッセル配下シェルター・ピープルのアラン・ガーバー秘蔵名作にも通じる構図と雰囲気で、馬具風に飾られたテレキャスターを抱えるインナー・ポートレイトのダンガリー・シャツ姿は、まるでウェイロン・ジェニングスと、その時の心持ちを滲ませたアート・ワークがまた象徴的でした。


 その後は、裏方に徹しての20余年。加藤登紀子、小室等、小坂忠はじめ様々なアーティストのライヴやレコーディングに参加、後進のプロデュース、舞台の音楽監督、インストラクターとしてクリニックやセミナー運営、教則本の監修、オリジナル・ギター開発と、多方面から音楽制作に携わりながら、改めて創造の可能性についてじっくり模索されていたようです。
 そして再び自身の活動に還るべき時機を確信して作り上げたのが、世紀を跨いで発表された『天地洪荒』と『大河滔滔』。ただし、そこで思い馳せたのは、ミシシッピー・リヴァーではなくて黄河だったというのが、洪さんらしい心情であり信条なのでしょう。東から西へ。ルートとしてシルクロードから西域を目指すのが、本来辿るべき蒼天航路であると。

 大陸へ渡って中国古典楽器を奏でる異国の同志と共演し、敦煌・月牙泉の楼閣での独演も実現させた洪さん。目からウロコをいくつも落とされたのではと、察せられます。2005年には、所縁の地・狭山で開催されたハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルに出演。豪雨の中、『天地洪荒』からのレパートリーに交えて、最後に乱魔堂の「何の為に」を元メンバーと共に熱演されたその時の形相は、喜々としながらまさに風神雷神の如きでした。

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 そうしたいくつかの忘れられない場面を経ての最新作『IN MY LIFE』。もうひとつの郷里である台湾の歌曲のインストから始まります。再び歌うことの意味を至極自然に見据えて、これまでの集大成というよりも、今あるがままの心根を、まるで近況の便りのように伝えているところが、かえって身につまされる感銘を覚えさせてくれるのです。

 概ね穏やかで、時に荒々しく、妖し気や謎かけも少々含まれている人肌のサウンド・タペストリー。アジア経由のアメリカン・フレイヴァーも独自の域として、全ての楽器を自ら奏でながら織り重ねています。アコースティック・ギター、エレキ・ギター、フラット・マンドリンによる絶妙なバランスのアンサンブル。乾いたチキン・ピッキングやボリューム奏法、腰のあるオーヴァードライヴやトーキング・モジュレーターで表わしていく多彩なリード・パート。カホンほかパーカッション類を駆使してのリズム・キープ。オーセンティックな手法ながらも磨かれた技ならではの据わりのよさ、馴染んだ心地よさは無二の醍醐味で、それはまた、歌物7曲をインストゥルメンタルで表現し直した『IN MY LIFE Instrumental』を併せ聴くことでより深く味わえます。優れた歌伴ギタリストたる証しが、この2作に対となって凝縮されているというわけです。そして、それぞれのインナー・スリーヴにちりばめられた本人や家族のスナップに窺える至福の表情が、洪さんのライフ・ミュージックでもあることを物語っています。

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text by 除川哲朗

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