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ディランにあったらよろしくと
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ボブ・ディランの新譜『トゥゲザー・スルー・ライフ』を聞いた


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4月28日に発売されるニューアルバム『トゥゲザー・スルー・ライフ』を聞いた第一印象は「すごくいいアルバム」だ。ディランには驚かされっぱなしだ。2006年夏に初登場第1位を記録した『モダン・タイムズ』から2年半しか経ってないのに、はやくもスタジオ録音のニューアルバムを完成させたのだから。録音は2008年10月らしい。つまり、発表直前で延期された日本を含む幻のアジアツアーが予定されていた期間と一致する。オリヴァー・ダーン監督の依頼を受けて、新作映画『マイ・オウン・ラヴ・ソング』のサウンドトラック用の1曲、「ライフ・イズ・ハード」を録音したディランは、その勢いのままニューアルバム用に13曲を録音したという。その中から10曲がアルバムに収められた。

参加ミュージシャンは、ギターがマイク・キャンベル(ハートブレイカーズ)、全曲に入っているアコーディオンがデヴィッド・イダルゴ(ロス・ロボス)、あとはツアーバンドからベースのトニー・ガーニエ、ドラムスのジョージ・リセリ、ペダルスティールなどのドニー・ヘロン、そしてプロデュースはもちろんジャック・フロスト(ボブ・ディラン自身)だ。

以下、順を追って簡単な印象をお伝えしよう。あくまで、ぼくの個人的な印象なので、実際に自分の耳でたしかめるまでは余計な先入観を持ちたくないという人は、この先は読まないほうがいい。

「ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング(この先には何もない)」:いきなりトランペットとアコーディオンで始まるラテン/タンゴ風の軽快な曲に驚いた。この曲は3月30日にディランの公式サイトでフリーダウンロードできたので、いま世界中のファンがさまざまな感想をさまざまな形で表明している。ジョン・メイオールの「オール・マイ・ラヴ」、オーティス・ラッシュの「フーズ・ビーン・トーキン」、サンタナが有名にした「ブラック・マジック・ウーマン」などに曲調が似ているという印象も寄せられている。ディランはデビュー以来つねに、既存の曲をある程度ベースにして独自の歌を創造するという手法をとり続けてきた。こうした手法はフォークやブルースの世界では伝統的で、この曲にもそれが生かされているのかもしれない。ピカソは「悪いアーティストはコピーする、良いアーティストは盗む」と言ったらしいが、ディランも2001年に『ラヴ・アンド・セフト(愛と窃盗)』でおなじようなことを表現している。とにかくシングルヒットしてもおかしくないキャッチーな歌だ。

「ライフ・イズ・ハード(人生はとても厳しい)」:マンドリンとスティールギターの甘い調べではじまるこの歌は「ビヨンド・ザ・ホライゾン」を思い起こさせる美しいスローバラッド。甘いハミングまで聞かせてくれる。映画『エディット・ピアフ?愛の讃歌』のオリヴィエ・ダアン監督の『マイ・オウン・ラヴ・ソング』のサウンドトラック用につくった新曲だ。この新作映画はアメリカ南部を舞台に、車椅子の女性と怪我を負った元消防士のふたりがカンザスシティからニューオリンズまで自己発見の旅をするロードムーヴィーであるという。ディランは整理された簡潔なことばのひとつひとつを聞き取りやすく、はっきりと歌っている。「メイク・ユー・フィール・マイ・ラヴ」や「ユー・ビロング・トゥ・ミー」を連想させるラヴソングで、「あなたがそばにいなければ、人生はとても厳しい」という悲痛な想いが伝わってくる。

「マイ・ワイフズ・ホーム・タウン(妻のふるさとの町)」:ウィリー・ディクソンの「アイ・ジャスト・ウォント・トゥ・メイク・ラヴ・トゥ・ユー」のメロディにディランが新しい歌詞(「地獄とはわたしの妻のふるさとの町のことだ」)を乗せて歌っている。ミッドテンポのヘビーブルースだが、曲の終わりに流れるディランの笑い声がとても効果的だ。歌詞が自分の妻のことを歌う形をとっていることや、アルバムタイトルが『トゥゲッザー・スルー・ライフ(一生一緒に)』と結婚の誓いを連想させることから、ディランが三度目の結婚をしたのではないかという噂も流れてはいるが……。

「イフ・ユー・エヴァー・ゴー・トゥ・ヒューストン(ヒューストンに行くことがあるなら)」:アコーディオンがフィーチャーされたテックスメックス風のサウンドにディランの得意とするストーリーテリングが聞きものだ。アメリカがメキシコをめぐってスペインと戦った時代を連想させる物語だから現在とは関係ないかもしれないが、ヒューストンは物騒で怖い街という印象が残るかもしれない。

「フォゲッタフル・ハート(忘れっぽい心)」:ディランのアルバムにはかならず後世に残る名曲が1曲あり、このアルバムではそれがこの歌だと思う。『モダン・タイムズ』の「エイント・トーキン」の謎めいた雰囲気、あるいは『ブートレグ・シリーズ第8集」のディスク3に収録されている「シングス・ハヴ・チェンジド」や「ボーン・イン・タイム」、「キャント・ウェイト」を思い出してしまった。『タイム・アウト・オブ・マインド』では、「ドアが閉まってしまう前に天国に辿り着こうとしている」ディランだったが、この歌では最後に「ドアは閉まっていてもう開くことはない/そもそもドアがあったのだとしたら」と歌っている。マイナー調でミッドテンポのロックを歌うディランが最高だと思うぼくは、この歌1曲だけでもアルバムを買う価値があると信じている。グルーヴ感がたまらなくいい。おすすめの1曲。

「ジョリーン」:典型的なシカゴブルース。ドリー・パートンの有名な同名曲があるが、もちろんまったくべつの歌。ただ「わたしは王様でおまえは女王様」と繰り返すのは、もしかしたらパートンにエールを送っているのかもしれない。

「ディス・ドリーム・オブ・ユー(こうしてきみを夢見ること)」:スローマリアッチ。1976年の『欲望』に収録されている「ドゥランゴのロマンス」を思い出させる。アコーディオン、ヴァイオリン、スティールギターがあまい調べを奏でるこの歌を聞きながら、ドク・ポーマスの「ラストダンスは私に」を連想するのはぼくだけだろうか。

「シェイク・シェイク・ママ」:典型的なブルースロック。「腰を振れ、からだを揺すれ、ママ、大声で祈れ」と、教会で汗びっしょりになって踊り、神への祈りを捧げる場面が頭の中に浮かんでくる。「サマー・デイズ」のようにライヴの定番になりそうなシャッフル曲だ。

「アイ・フィール・ア・チェンジ・カミング・オン(わたしは変化の兆しを感じる)」:アルバムタイトルが正式発表される前、ネット上ではこの曲名がアルバムタイトルとして流れていた。「時代は変る」やアポロ劇場50周年で歌ったサム・クックの「チェンジ・イズ・ゴナ・カム」など、ディランにチェンジのイメージはぴったりだ。さらにオバマ大統領誕生も重なって、注目される歌になるだろう。「アンダー・ザ・レッド・スカイ」や「ハンディ・ダンディ」を思い出させる、ゆったりとしたロックナンバー。暗い夜は明けた、変化の兆しが感じられると歌っているようだ。歌詞にはビリー・ジョー・シェイヴァーやジェイムス・ジョイスの名も登場する。

「イッツ・オール・グッド(これでいいのだ)」:かつてのディランは早口で大量のことばを歌うことが多かったが、この歌はそうしたディランが聞けるナンバー。「大物の政治家が嘘をついている/レストランのキッチンは蠅だらけ/大した問題じゃない」と世界の終末を歌っているように聞こえるが、どうだろう。ぼくの場合は『ディランの頭のなか』で描かれた破壊された世界を思い浮かべた。間奏のあいだにディランがめずらしく「ワーッ」と声を張り上げるところがある。

以上、ざっと印象をお伝えした。
(09年4月1日 April Fool記)

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