ホームホームマガジン > 桜井芳樹/酒場にて > 高崎

酒場にて
日本全国常に一見。だが、旨い酒にはこと欠かない。酒と少しの音楽の話。

高崎


photo

 仕事上の都合で急に群馬県高崎市に宿を取る事となった。ほぼ最終の新幹線で、高崎に着き、駅前のホテルにチェックインした。

 明日の出発は早いが、軽く酒及びつまみ、という事になり、駅前の落ち着いた手頃な店に入る。同行はSとMの二人の美女である。彼女達とは、仕事上なにかとよく飲む事が多い。



 M「私ね、今の仕事は世を忍ぶ仮の姿で、本当は居酒屋の女将に向いていると思うんですよ。もし居酒屋の女将だったらってストーリーが頭の中にあるの。私、篠ひろ子、だめですか? 桜井さん」

 私「居酒屋に篠ひろ子は絶対にいないよ。探している人もいるみたいだけどね。もう、居酒屋にそういうのは求めないな、俺は」

 M「じゃあ、かつては求めていたんでしょ。でも、いたら良いじゃないですか。だめですか、篠ひろ子?」

 私「篠ひろ子はともかく。Mさんの店なら、俺は通うよ。で、旦那が板前?」

 M「でしょ。でも私は未亡人の独身。板さんは若くてイケメンじゃなくちゃ。そして、その板さんは密かに私に恋心を抱いているのよ」

 私「まるでドラマだな」

 M「いいんです。ドラマで。でも桜井さん毎回登場ですよ。台詞無いけど」

 S「私は出番無いんですか」

 M「あんたは居酒屋の二階に下宿してるのよ。ときどき店手伝って、若いからちやほやされてるけど、まだ大人の設定ではないわね」

 S「でも、台詞はあるんでしょ」

 M「ストーリー上台詞はあるわね。それに、時々屋根の上での弾き語りのシーンも重要よ」

 私「まるで、浅田美代子だな」

 M「そうそう、ついでに新曲のプロモーションも兼ねるのよ」

 S「わあ、面白そう。毎回歌わせてくれるの?」

 M「そうね。でも時折、桜井さん後ろでギター弾くんですよ。台詞無いけど」

 私「もはや、脚本の域に入ってるね。Mさん」

 M「そうですよ。ある巻では、板さんが失踪しちゃうの。そうすると私は店を切り盛りしているようで、調味料の一つも探せず、困るのよ。そんな時のカットはうなじですよ。もちろん和服。どうです。私のうなじ。少し自信あるんですが」

 S「Mさん、うなじ綺麗ですよ」

 M「でしょ。自信あるのよ。小娘にはまだまだね」

 S「えっー。桜井さん、私のうなじ、どうですか?」

 私「俺の年齢としては、Mさんに軍配だな」

 S「なんか、くやしい」

 M(ほくそ笑む)

 S「でも、私が唯一若い女性の登場人物なら、淡い恋が芽生えそうなシーンもあるんでしょ」

 M「そうね。それくらいのサービスはするわよ。相手は桜井さんじゃないわよ。なんたって台詞無いから」

 S「もっと、現実に結びつく様な期待感も欲しいな」

 M「あんた、まだそんなこといってるの。だいたいこの間の仕事だって、ちょっとした恋愛感情みたいなものを想定しているんでしょ」

 S「だって、まだ若いんですよ。良いじゃないですか。仕事の為にもなるんですよ。私にとっては前向きな事です」

 M「しっかし、あなたもこのところそっち方面は何一つうまくいかないみたいじゃない」

 S「ひっどーい。でも図星。●●さんも◯◯さんもだめでした」

 私「恋多き年頃だもんな」

 S「そうですよ。でも最近知り合った人にちょっと興味あるんですよ」

 M「どうせSのことだから、××関係とか△△クリエーターとか、そういうところでしょ」

 S「なんで知っているんですか?」

 M「感。その相手って、もしかしたら◎◎?」

 S「そうです。なんで分かるの」

 M「だから感よ。でも私のパートナーもいっていたわよ。そいつは注意人物だって」

 S「えーっ」

 M「なんか、あんた甘い期待もあったんでしょ。やめときなさい」

 S「わかりました。でもMさんには若いイケメンのパートナーがいるじゃないですか。桜井さんも李早さんがいるし。うらやましいですよ」

 M「私も桜井さん夫妻はうらやましいですよ。その歳で知り合って25年、変わらず愛し合っていますよね」

 私「そんな恥ずかしい事言わないで下さい。でも私のこれまでの人生で最大の幸せは彼女と出会えた事です」

 M「うわーっ。うらやましいけど、そっちの発言の方がはずかしいです」

 S「いいなー。桜井さんは李早さんと音楽と酒があればいいんですよね」

 私「・・・おっ、オーティス・ラッシュだ」



 店内のBGMはどういう訳だか入店時からブルーズだった。オーティス・ラッシュの声とギターが程よい音量で流れていた。店員にさっきからずっとブルーズですね、有線ですか? と問うと。

 店員「私、最近ハワイで挙式をしたのですが、そのとき行ったレストランでブルースバンドが生演奏していたのです。それから好きになりました」

 私「ハワイでブルースですか」

 BGMはハウンド・ドッグ・テイラーに変わっていた。



 S「お酒、追加しませんか? 私、日本酒。それから、つくね、くださーい」

 M「あんた、さっきもつくね食べたじゃない。太るわよ」

 S「いいんです。ご褒美です。最近、痩せたし」

 私「でも、Sちゃん、今日、顔パンパンじゃない」

 S「ひどーい。この間も桜井さんにそんな事言われたけど、でも、あれから痩せたんですよ。もう、桜井さんの顔パンパンは信じません。だから、食べちゃお」

 M「S、でもそれは印象なのよ。パッと見の。だから、気をつけなさい。だいたい、あなたは太る体質だから。結構前だったけど、海外から帰って来た時はひどかったじゃない。今より10キロ以上あったでしょ」

 S「あど時は、ぶどっでましだ(デブ声で)。だから、反省して摂生してるけど、それでも時にはむくんだりして、気にするんですよ。そういう時に、太ったね、とか、すぐ言うんですよ、桜井さんは。それ以外にも、私の事、結婚しても、すぐ離婚するタイプ、だとか、言うんですよ。それって、酷すぎませんか?」

 私「ごめんごめん。そんなに気にするとは思わなかった。ごめんなさい。二度と言いません」


 S「いや、気にしますよ。幸せの方が良いに決まっているじゃないですか。でも、そんなに謝ってくれれば許します。、、、あっ、お酒無くなっちゃった。桜井さん、何飲みますか」

 私「明日、早いんだよね。そろそろかな、って思ってたんだけど」

 S「なんか、逃げようとしてるでしょ。だいたい、私の酒が飲めないって、言うんですか?」

 私「ごめんごめん、じゃあ、飲もう」

 M「そう、桜井さん、こう見えて案外すぐ謝りますよね。そこが、ずるい、と言うか、良いんですけど」

 私「もちろん、心底謝っていますよ」



 追加の日本酒がテーブルに置かれた。



 S「ああ、おいしい。私、死んでもいいくらい」

 M「出た。Sの死んでもいい発言。でも、程々にしなさい。明日も早いし。それに日本酒は太るわよ」

 S「また、その話ですか。でも、最近Mさん痩せましたよね」

 M「少しね。私も太る体質なんで、いろいろ大変なのよ。この間なんか、2日間何も食べていなくて、その後、もりそばを食べて、さすがに痩せただろうと、体重計に乗ったら、2kg増えていたんです。もう、ショック。きっと乳酸が出たんでしょうね。桜井さん、笑うところじゃないですよ」

 私「でも、痩せましたよ。綺麗になったんじゃないですか」

 S「そうそう、Mさん綺麗になりましたよ」

 M「何言っているんですか。もう、えーっ、痩せてればいいんですか。やっぱり、男というのは、そういうもんなんですか。桜井さんほどの人でも女は痩せている方が綺麗だと思うんですか、所詮外見ですか」

 私「そんな事は言ってないですよ。でも、綺麗になった、と思ったのが口から出ただけです。軽率なつもりは無いですが、ごめんなさい」

 M「ほら、すぐ謝る。、、、お酒、もう無いじゃないの。すいません、同じもの追加ーっ。私の酒も飲んでもらいますからね」

 私「わかりました。喜んで」


 
 そろそろ、その店のラストオーダーの時間になっていた。



 S「すいませーん。じゃあ最後の一杯。それから、つくね二本」

 M「あんた、さっきもつくね食べたじゃない。太るわよ」



 話がループするのは、酒の席の常でもある。

  • 前回の記事
  • この連載のトップ
  • 次回の記事

▲新着順▲著者順