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酒場にて
日本全国常に一見。だが、旨い酒にはこと欠かない。酒と少しの音楽の話。

新宿


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 最近すっかりCDを買わなくなってしまった。昨今のCD売り上げ状況の憂いは重々承知で、しかもこの仕事に携わっていながらも、買わなくなってしまったのだ。理由は、他人が作った新しい音をさほど欲しなくなくなった、という事と、単に聴いているだけの時間が減った、と言うのが大きいか。先の理由に付いて言えば、自らすすんで情報を得ないようにしている事も原因の一つだが、単に情報の記憶能力が衰えた、ということもある。それでも、自分が聴いておくべきだった音楽には出会っている。昨年、何となく入ってみた渋谷タワーレコードで発売されたばかりのチャーリー・ヘイデンが流れていて思わず購入したり、少し前にも気になっていたランブリン・ジャック・エリオットの新譜を熱心に高田漣君に薦められたりした。なかなか手に入らなかったオスバルド・プグリエーセの'70年代のアナログ盤も、とある理由で家にやって来たし、一度見かけたきりで、もう聴けないんじゃないか、と思っていたボブ・アラデニイは苦労する事無く、ネット上で発見。しかもアルバム丸ごとダウンロード出来た。要するに知っておかなければならない様なものは、向こうからやってくる、と勝手に思い込んでいて、めぐり合わなかったものは忘れてしまうので、後悔も何も無いのだ。とは言え、当たり前だが経済の問題も小さくは無い。少し前まで音楽ソフトに費やしていた分を居酒屋に落としている、という訳だ。

 なので、自宅でCDを聴く事も減った。今では移動中の車の中が一番のリスニングルームと言える。6連奏のプレーヤーなので、音資料をとっかえひっかえ聴く事も多いが、最近の6枚は以下だった。

 1) BILLY BAUER / plectrist
 2) キリンジ / 7
 3) New Grunge / at Borders Bookstore
 4) 湯川潮音 / Sweet Children O'Mine
 5) Robin Holcomb / Rockabye
 6) 鈴木常吉 / ぜいご

 1)はトリスターノ派の素晴らしいギタリスト、1956年作。3)はダウンロードした1999年のライヴ音源。ティム・オブライエン参加。5)は大好きなアルバム。10年程前だったか。他はそれぞれ本人達からのいただき物である。

 ただ、買わなくなった分なのか、いただき物は随分あり、まだ耳を通せていない物もある。それに、かつて購入してあまり聴いていなかったものを、車の中で聴くのも楽しいのだ。

 CDですら、そうなのだから、コンサートにはもっと足が遠のく。スケジュールも合わない。招待だと言うのに足が運べない事も多い。

 前置きが長くなった。まあ、そんな昨今なのだが、新宿までとあるコンサートに出かけた。伴奏を勤めるバンドメンバーの一人が我々夫婦を招待してくれたのだ。

 酉の市の夜の花園神社は大変な混雑で、ゴールデン街を抜け会場に着くと、丁度開演の時間だった。

 歌も演奏も大変良かった。が、あまり感心したコンサートでは無かった。多分、様々な状況から今夜の形にするしかなかったであろう事が感じられてしまったからだ。聞き慣れた数々のメロディは私の中で少しむなしく響き、残念に思った。そういう訳で、終演後は楽屋にはいかず、もし、どこかで飲むのなら合流してもよいかな、と思い、ひとまず家内と二人で近くの中華屋に入り、餃子とビールで落ち着く事にした。

 家内の李早が言った。
 「あの曲、歌ったわ。幼稚園の頃。振り付けも真似て、帽子も用意して。おじいちゃんとおばあちゃんが笑っていたわ」

 ああ、そうか。今夜のコンサートはそれで良かったのだ。確かに幾つかの曲にまつわる個人的な思い出はある。そんな事を少しでも思い起こして、いい曲だったな、と感じるだけで良かったのだ。

 ビールを二本飲み干し、バンドメンバーの一人に電話をしてみると、帰宅途中との事。本番終了後の打ち上げは無く、彼はかなり疲れた口調で、今夜は帰る事にする、と私に告げた。

 夫婦二人だけで新宿で飲んだ事は無い。李早は、たまにはいいでしょ、と、ビールとニンニクの芽と鶏肉炒めものを追加した。

 適度に騒がしい店内はなかなかの落ち着きで悪く無い。隣の大テーブルの客の会話も所々聞こえる。どうやら、同じコンサートの帰りのようだ。

 まだ、終電には時間がある。折角だからもう少し飲もう、と店を出る。「鼎」はそろそろ閉店が近いだろうし、小雨がぱらついているので、「浪漫房」はちと遠い。ゴールデン街も考えなかった訳ではないが、駅に近い方が良いだろうと、歌舞伎町に向かった。

 彼女は歌舞伎町は久しぶりだった。しかも、区役所の裏手まで来る事はまず無く、ここどの辺?なんて聞いて来る。「そこが、新宿区役所。安くてまあまあいける蕎麦屋があるけどね。落ち着くとは言えないな」

 人通りも多く、車がひしめき合う。客引きも目立つ。キャバクラらしき店の前には、ブロマイドのような女の子の写真が沢山貼ってあり、彼女は立ちどまりまじまじと見ている。どうやら、客引きに声をかけられたらしい。男がこのような行為をすれば、客引きの執拗なアプローチはつきものだが、女性だとそのホストの様な若い客引きは彼女と世間話をしているようにも見える。そして、彼女は私の五歩程後ろで彼に手を振り、私に追いつく。

 「ネオンが明るいのね」
 「まあ、ここは日本一だろうけど、札幌のすすきのや広島の流川も明るいさ。規模が違うだけで」

 駅に近づくと少し暗くなる。暗くなると、どういう訳かホテルが目立つ。そして、その角を曲がると、話には聞いていた「アルプス」があった。

 既に腹は満たしたし、小一時間軽く飲むなら全くもって手頃な店だった。なにしろ、安い。4人掛けのテーブルに通されたが、私たちは壁を背にして並んで座った。二人して店内を見渡そう、という訳だ。

 左側のテーブルには三人の若い女性達。今ひとつ垢抜けない感じといったら失礼か。話の内容は聞こえないが、李早曰く「あの中の一人は、他の二人に頭が上がらないのよ」確かに、微妙な力関係が存在するであろう女性達の佇まいだ。

 その隣は若いフリーター風の男二人。「この夜中に凄い食欲ね」二人とも鍋をつついているが、飲んでいると言うより、常に箸が動いているように見えるのだ。

 「あっちは、会社員」
 我々から右奥のテーブルの男三人組。会社帰りの一杯、と言う感じだ。

 そして、その隣にもう少し若い会社員の男女のカップル。ただし、この二人の間に色恋沙汰は無いように思われる。

 ビールを一杯飲んだ後、私はハイボールに切り替える。290円と言う値段も魅力だ。彼女は引き続きビールを飲んでいる。

 「歌舞伎町、新宿ってそんなに好きじゃなかったんだけど、こうして見ると良いわね。結局、こうやって続いている事に落ち着きを覚える歳になったのよ」

 新しく三人の女性客が入って来て、我々の右隣のテーブルに陣取る。この辺りで働いていると思わしき女性達だが、服装はホステス風スーツで妙な落ち着きもある。この店に通いなれている様でもあり。オーダーは素早く、テイクアウト用の焼きそばまで注文している。ざっくばらんな口調で一人が喋っている。どうやら、一人の先輩が仕事上のアドバイスを後輩達二人にしているようである。間もなくテーブルに酒が置かれ、乾杯。今日の仕事をねぎらうまっとうな笑顔だ。

 「私も案外ホステスは向いていたかもね」と李早が笑う。
 彼女の酒の席での社交上手は私の見習うところでもある。が、まあ、男は黙って飲んでいても良いのだ。と、ハイボールを追加。彼女はまだビールを飲んでいる。

 また、三人の女性客が入って来た。我々の正面のテーブルに座り、このフロアはほぼ埋まる。若い三人組で、うち二人はこちらに背を向けて座って顔が見えないが、どうも野暮ったく見える。

 「あらあら、座り方が格好悪いわね。この辺りで働いているのかしら。だとしたら、風俗系?」
 「随分若く見えるけど、そうかもね」

 「ツアー先で一人で飲む時って、こういう感じなの」
 「こういう店じゃないな。もっとカウンターと少しぐらいの小さな店。静かに新聞なんか読んで、ちびちび飲んでるだけだよ。普通に地元の人が来る様な店。でも、ここも地元か。職種はちょっと特殊かも知れんが、仕事が終わってからの一杯ってのは、どこも同じだな」

 また、客が入って来た。こりゃ明らかに風俗系だな。上半身は豹柄でボリュームのあるコートだが、かなりのミニスカートだ。

 そろそろ終電の時間だ。外はまだ雨が降っていたが、寒くは無かった。久しぶりの歌舞伎町は居心地が良かった。

 電車の中で少しウトウトしたが、結局、家でまた二人で飲み直した。

桜井李早著「YES」(MARU書房)
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<関連リンク>

桜井李早 voix du soir
http://mom.blog02.linkclub.jp/

「YES」通販ページ
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