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酒場にて
日本全国常に一見。だが、旨い酒にはこと欠かない。酒と少しの音楽の話。

東村山


 頌春。

 今年もよろしくお願いします。
 

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 昨年末は仕事がたて込んでいた。小松亮太君の「ザ・キング・オブ・タンゴ」ツアーも最終盤に入り、あちこち飛び回っていた。その間には都内でのライヴやリハーサルやレッスンにも忙殺されていた。月中旬、ツアーがひとまず終了すると、とあるプロジェクトの録音の準備に取りかかった。曲はほぼ揃って来ていたが、まだ譜面を書いていなかった。が、焦っていた訳ではない。ちょっとしたアイディアも具体的に見えている。もう出来ているのだ、と思い込むと生来の怠け癖が襲って来るのだ。

 煙草を買いにコンビニエンスストアまで行く。その途中には図書館もある。思わず立ち寄る。この図書館、蔵書数は市内でも多い方ではなく、その所為か人が少なくいつでも落ち着ける。昔の国分寺地区の珍しい写真集が最近刊行されたので、探してみるがそれは見当たらず。読んでみたい本も無くは無かったが、手ぶらで図書館を後にする。それでも30分程はのんびりしていた筈だ。煙草を買い、家に戻ろうとするも、天気は案外よい事に気がつく。あと2時間程で日が暮れる頃だが寒くは無く、家とは逆に歩き出した。

 ちょっと、寄ってみたい店があった事を思い出したのだ。「茫々亭」という名前のその店は、駅前にあった「MARU」という飲み屋(ダイニングバー、カレー屋というのが適切か)を昨年半ばに閉店したM氏が早速始めた飲み屋だ。「MARU」は駅前にあったので、それなりに酔った時の20分徒歩の帰宅は楽とは言えなかったが、今度の店はより家に近い。多少寒くても、酔い覚ましに歩くには丁度良い距離だ。好きな店が向こうから近寄って来てくれたのだ。これは行かない手は無い。と思っていたのだが、営業は週末に限られている、との事で、家内は何度か足を運んだようだが私は行った事が無かった。が、幸い日曜日だ。住宅地の中でいささか探しにくい店だと聞いていたのだが、路地を曲がるとすぐに店の看板が目に入った。

 店、と言うより、離れ、という趣のその店の中から、M氏は手を振り歓迎してくれた。まだ早い時間だったので営業前との危惧もあったが、既に、カウンターでビールを飲んでいる輩がいた。建築家のN氏だった。N氏とは「MARU」で何度か飲み、閉店パーティーの時には夜遅くまで、歌い、笑った。

 M氏、N氏と挨拶を交わし、カウンターに着いた。挨拶程度でコーヒーでも飲んで戻ろうと思っていたのだが、旨そうにビールを飲むN氏を隣にして、一杯いただく事にした。初めて来た店なのに関わらず、常連の様な気分で落ち着き喉を潤した。

 思えば「MARU」にもそう頻繁に顔を出していた訳ではない。せいぜい季節に一回程度だ。昼間にカレーを食べに行ったのが最初だが、メニューに妙な飲み屋らしさを感じ、その後しばらくして、夜に飲みに行った。常連でもないのにカウンターに座った。マスターのM氏は強面だが、少し酒が入り出すと話題は尽きず、こちらも杯が重なる。彼は、某出版社で編集長だった事、その仕事の最後が高田渡「バーボンストリートブルース」だった事、吉祥寺マンダラ2の店主とは旧知の仲との事、そして、ここでもライヴの計画がある事、等々、そんな話をして、私も自分の素性を明かした。となれば話は早く、その場で、高田漣君と私のデュオをやる事が決定した。かれこれ5〜6年前の話だ。その後「MARU」はこの周辺の好事家が集まりだし、終電近くの時間でも暖かい光が漏れるこの辺りでは唯一の飲み屋となっていた。市会議員も市長候補もドイツ人もセネガル人も写真家も建築家もこの店では一緒くただった、正しい酒場の姿だ。時折のライヴでは梅津和時さんもよく顔を出していた。そして、M氏はMARU書房を立ち上げ、その第二弾が桜井李早著「YES」だった。それが決まったのも、元はと言えばそこで家内と飲んでいたときが始まりだったのだ。その出版記念パーティーも「MARU」で行なったのだが、M氏は病に倒れ、出席はかなわなかった。青山陽一さん、さかなのお二人、あがた森魚さんが駆けつけて、歌って下さった。それから、ほぼ一月後M氏は何事も無かったかのように復活したが、「MARU」はもう終わる事が決まっていたのだった。閉店間近には梅津さんやあがたさんのライヴも企画されたようだったが、スケジュールが合わず足を運べず、閉店パーティーも仕事帰りにようやくギリギリの時間に寄る事が出来た次第だった。

 ということもあり、「MARU」は常連では無かったが、常連の様に落ち着く事が出来た。それは、この「茫々亭」も同じだった。

 N氏はカウンターでゆっくりとビールを飲み、窓の外の畑を眺めて、私に聞く。
 「今日は、お休みですか?」
 「いえ、自宅作業中で息抜きに出て来ただけです」
 「ああ、私と同じですね。もう、全部頭の中にあるんです。後は図面書けば良いだけなんですよ」
 
 私と全く同じだ。
 その旨を彼に伝えながらも「じゃあ、なんで終わってから飲まないんでしょうかね」と聞くと、
 「なんで、でしょうね。旨いからでしょうか」
 そりゃ、そうだ。愚問だった。

 すると、カウンターの中からM氏。
「それ、よくわかるなぁ。俺もそうだった。全て頭の中にある、俺って天才じゃないか、って思ったりしてるんだ。そんな時の一杯がこれまた旨い」

 まったく似た様な酒好きが集まったもんだ。暮れの16:00過ぎ、これほど旨い酒が飲める時間があるだろうか。そして、お代わりを注文。M氏も飲みはじめた。

 お通しもシンプルなものがたんまり出て来る。キャベツの浅漬け、自家製塩辛、揚げ焼き。どれも大変美味だ。見た目も美しく、食材が生き生きと見えるのだ。

 男三人で、師走の逢う魔時と言うにはあまりにものんびりした外の畑の風景を眺め、ときおり他愛も無い話をし、酒をなめる。

 「さてと、そろそろ囲炉裏に火を入れましょうか」とM氏。そして、
 「最近仕入れた日本酒なんですが、燗で味見しましょう」
 もう、仕事の事は忘れた。自分を天才だと思う事にした。この囲炉裏でのぬる燗を飲まずに帰れるか。

 静かに話は弾む。ぐっと重心が下がって行く。囲炉裏の小宇宙。燗酒のかすかな香り。気がつけば陽は落ちている。ぬる燗ならそろそろだ。

 、、、あーっ、旨い。自家製塩辛の薄味とのマッチングはすこぶる良い。

 N氏が立ち上がり「何か、簡単なアテを作りましょう」

 どうやら、火を使っているようだが、然程待つ事無く、一品出て来た。
 「米焼き」
 
 サラダ油少しで米を焼いたものに少しの塩をふったものだった。炒る、と言った方が良いか。ぽりぽりと食べる。案外いける。いや、結構いける。せんべいのカスみたいな感触もあるが、貧乏くさく無い気がした。M氏は七味をかけている。これもまた良い。

 熱燗もいただいた。多少冷えて来たので沁みる。

 扉が開く。新客だ。囲炉裏を囲む。暫くして、また一人。

 そろそろ、夕餉の時間だ。今日は鍋にする、と妻が言っていたな。この続きは家でやる事にしよう。

 では、おあいそ。
 お先に。

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