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酒場にて
日本全国常に一見。だが、旨い酒にはこと欠かない。酒と少しの音楽の話。

渋谷


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 気持ち良くライヴを終え、予想以上のギャラを貰い、今日は良い仕事だった、と納得し、片付け終えたステージの脇で軽くビールを飲んでいた時、突然、女性に話しかけられた。一瞬とまどったが、十数年ぶりの再会となるK女史。某メジャーレコード会社のディレクターで私とほぼ同世代だが、十数年前の気品はそのままにニコリと笑った。数ヶ月前にこの日のゲストでもあった、あがた森魚さんのとあるレコーディングに参加したのだが、その曲の収録アルバムこそが彼女のプロデュースだったのだ。

 久しぶりに会ったので、おのずと昔話にもなる。ライヴ後の会話のテンションとしては申し分無く、あれこれと20代の頃の事を思い出したりしてみる。その頃のまわりの人達の事や、当時のいろいろなコンサートの事が話題に上るが、記憶が曖昧だ。ただ、思い出す事は然程重要ではなく、そんな様な事があったな、なんて言って会話しているだけなのだ。

 ビールを追加した。空きっ腹ではなかったが、この程度のアルコールでも腹に沁み、ほんの少し酔いも感じた。その所為では無いが、ある程度年を重ねた同世代の異性との再会というのは、少し無粋にもなる。私は思わずK女史に「ご結婚は?」と訊いていた。「独身よ。どっかにいい人いないかしら」と、挨拶の様な返答、そして逆に返された。「少し、お腹出たんじゃない」笑いながら手を振り、彼女は会場を後にした。


 さて、こちらもそろそろ良い時間だ。と、帰り支度を始めるが、メンバーからの飲みの誘いをうける。終電まで1時間程なので躊躇したが、やはり酒は欲していた。

 渋谷駅近くの大衆居酒屋に入る。なかなかの混雑で、我々以外はほぼスーツ姿の男ばかりだ。この混雑ぶりなので、落ち着くとは言いがたいが、店の雰囲気は良い。だが、既にラストオーダーの時間。総勢8〜9人はいたので、オーダーの勢いは良く、あっという間にテーブルは注文の品で埋まる。と思いきや、時計を見るとそろそろ時間を気にしなくてはならない事に気がついた。すると横でバンマスから「熱燗、どうですか」と誘われる。まだ、20分は大丈夫なので、いただく。

 ツィー、、。(この擬態語、誰が使いはじめたか知らないが、熱燗といえば、これだな)

 ああ、旨い。そして、目の前には湯豆腐。最高だな。で、あと、10分。そしてまた、ツィー、、。

 しまった。ギアが入ってしまった。もう時計は見ない。適当な場所からタクシーと言う手段に切り替え、熱燗注文。だが、アルコールもラストオーダーの時間だった。

 何、俺のこの今の決意は、、、なんて、一瞬憤ったが、目の前の酒が旨いので、怒りは静まった。当たり前だが、店の所為じゃ無い、自分が悪いのだ。


 と言う訳で、それから程なくしてお開きとなった。駅に向かうも、私は少し物足りなく、その辺りで一人でやって行こうかと思案していた。が、バンマスも既に最寄りまでの電車は無く、とりあえず二人でもう少し飲む事にした。

 バンマスのヴァイオリニストのA女史とは、彼女が学生時代からの付き合いで、10年近く前はツアー先でよく飲んだものだった。が、困った事に当時の彼女はあまり酒癖は良い方ではなく、笑い話にこと欠かない。

 井の頭線ガード近くの朝までやっている居酒屋にたどり着く。有線は多少気になる程度の音量で、落ち着いた雰囲気とは言えないが、腰を下ろせばそこそこホッとする。客は多く無かったが、この時間なので、おそらく電車で帰る事を気にせず飲んでいる輩だ。皆、落ち着いて見える。そして再び、ツィー、、。旨いが、熱すぎ。耳たぶ触っても効果無し。でも良い。こうやって3時間程ちびちびやっていれば、無駄無く帰れるのだ。

 時折の昔の笑い話などしながら、静かに飲むが、A女史は何かと仕事の連絡で携帯電話を気にしている。

 「大変だな。こんな深夜まで。俺だったら明日にするよ」
 「ちょっと、スケジュールが大変で、、、」

 彼女は自分が抱えているプロジェクトも多く、連絡だけでも一苦労で、この時間帯じゃないとつかまらない人も多いのだ。確かに、と私も頷く。年中無休とも言える個人事業主にとっては厄介な仕事だ。

 熱燗を三本程開けた頃、A女史がメールで誘っていた友人のS君が登場。仕事が終わり、その足でここに来たのだ。彼女の紹介で挨拶を済ますと、彼は席には着かず、知り合いの店がすぐ近くなので、と、河岸を変える事にした。

 A女史はゲイダンサーのS君とは最近知り合ったらしい。私はその方面には疎いが、端正な顔立ちとそのちょっとした細やかさは、私が知るその道の人々との共通点に思えた。


 エレベーターで雑居ビルの3階に上がるとすぐにその店の扉があり中に入った。何の変哲も無いバーの様に見えた。むしろ調度に重みは無く、大きめの音量の昨今のJ-POPの所為で安っぽい雰囲気だった。そんな店だがカウンターには6〜7人の男が座っていた。店の規模、時間帯からすると、かなりの繁盛ぶりだ。我々はカウンター脇のテーブルに座り、私はカウンター客の様子を眺めていた。一人客が多く無い事は察しがついたが、客どうしでの会話はほとんど無く、皆、カウンター中の女性と話をしていた。

 S君に「初めてですか?ガールズ・バー」と訊かれた。はじめてもなにも、ガールズ・バーと言う名称もはじめて聞いた。

 どうやら、カウンターの中で数名の女性が接客する、という形態らしい。女性がいるのはカウンターの中なので、風俗営業ではなく、ただの飲食店、という事になる。

 S君の知り合いの接客嬢が注文を取りに来る。私はハイボールを注文しただけなのだが、接客嬢はやたらと話しかけて来る。「◯◯なんですか? そうなんですか。●●なんですか? そうですか」

 とりあえず、相づち打つも面倒くさい。ひとまず、酒を持って来てくれ、と頼んだ。

 さて、ハイボールが運ばれて来て口を付けると、薄い。まあ、こういう店だ、仕方がない。そして、また接客嬢は「◯◯なんですか? そうなんですか。●●なんですか? そうですか。えっー、ちがいますよ」と先程の続きの様な事をS君やA女史に言っているが、私の対応が素っ気なかったからか、接客嬢は割とすぐに席から離れた。

 もう少し彼女がそんな調子で喋り続けていたら、私は酔いの所為もあり、接客についての説教を始めていたかも知れない。居酒屋に於ける女性従業員の接客姿勢とは何ぞや。君は、篠ひろ子も知らないのか。なんて、酔って来たな。何せここはガールズ・バーなのだ。


 薄めのハイボール二杯で退散した。丁度、始発の時間になった。


 21世紀になって10年目。既に平成も22年目。
 居酒屋の篠ひろ子、遠くなりにけり。(いないと思うけど)

<関連リンク>

あがた森魚
http://www.agatamorio.com/

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