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ディランにあったらよろしくと
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ボブ・ディラン・ジャパンツアー2010、何もかもすべてよし


 2010年3月、ボブ・ディランは日本を含むアジアツアーをスタートさせる。23年目を迎えたネヴァーエンディング・ツアーの幕開けというわけだ。しかも、9年ぶりとなる日本ツアーはファンが夢に見たライヴハウスツアーである。
 小さな会場で見るディランは特別だ。ボブはその夜の観客や会場、その夜の空気、すべてに反応し、その瞬間の感情を歌にこめる。ステージと客席に一体感が生まれる。アリーナやスタジアムのような大会場では望めないような親密感だ。500曲を超える自作曲はもちろん、めずらしいカヴァー曲まで、何を歌ってくれるのかわからない。ボブの気分が乗れば、予想もしないようなサプライズが起きるかもしれない。

[ボブ・ディラン・アジアツアー2010年]
3月12、13、15、16日 大阪:ZEPP OSAKA (観客収容人数2,200人)
3月18、19日 名古屋:ZEPP NAGOYA (観客収容人数1,800人)
3月21、23、24、25、26、29日 東京:ZEPP TOKYO (観客収容人数2,709人)
4月2日 台湾:高雄?
4月4日 北京:(未定)
4月6日 上海:上海大舞台(観客収容人数10,000人)
4月8日 香港:香港スタジアム
4月?日 ソウル:(未定)

 ぼくは1988年以降、ネヴァーエンディング・ツアーのディランを100回以上見ているが、同じ都市の同じ会場で数日間連続するコンサートを見たときには、いつも特別の感動をおぼえる。いままではニューヨーク、ロサンゼルスなど、世界でも限られた都市でしか体験できなかった究極のライヴを、まさか日本で味わえる日がやって来るとは想像していなかった。期待と興奮は高まるばかりだ。
 
 昨年秋、ディランは比較的小さな会場で立ち見席を中心とする全米ツアーをおこなった。ぼくは、このツアーを締めくくる2009年11月13、14、15日のボストン3日間、17、18、19日のニューヨーク3日間のコンサートを見て来た。2010年3月の日本ツアーも、この6日間の公演とかなり近い内容になると予想しているので、その模様を紹介する。ただし、ディランの動きは凡人の予測を遥かに超えているので、はたしてどうだろう。
 
 昨年秋のツアーの注目点はバンドメンバーが変ったことだ。夏までリード・ギターを担当していたデニー・フリーマンに代わって、チャーリー・セクストンが戻ってきた。フリーマンがどちらかというと、ジャズ、ブルース色の濃いギターを弾くのに対し、セクストンはよりハードなロック・ギターを演奏する。もともとボブ・ディラン&ヒズ・バンドは幅広い音楽性を持ったバンドだ。フォーク、カントリー、ジャズ、ブルース、ロックンロール、となんでも演奏できる。ただ、ギターがひとり変っただけで、今まで以上にロック、ジャム・バンドの要素が強くなったと思う。現時点では日本ツアーのバンドメンバーが発表されていないが、おそらく大きな入れ替えはないだろう。

 アジアツアーに先駆けて、ディランは2月10日にホワイトハウスでオバマ大統領夫妻がホストをつとめる"In Performance at the White House: A Celebration of Music from the Civil Rights Movement"コンサートに出演する。これはアメリカの黒人たちの歴史を祝う月間の催しのひとつで、公民権運動で歌われたさまざまな歌を、多くの歌手が歌う。ディランのほかには、ナタリー・コール、ジェニファー・ハドソン、ジョン・レジェンド、ジョン・メレンキャンプ、スモーキー・ロビンソン、シール、ブラインド・ボーイズ・オブ・アラバマ、ハワード・ユニヴァーシティ・クワイアーが出演する。
 コンサートの司会はモーガン・フリーマン&クイーン・ラティファがつとめる。この模様はホワイトハウスのウェブサイトで生中継され、翌日にはTV放送も予定されている。詳細はわかっていないが、おそらくディランはバンドといっしょに出演し「風に吹かれて」や「時代は変る」などを歌うのだろう。このコンサートは日本でも見ることができるかもしれないので、来日直前のディランの様子を確認できるかもしれない。楽しみだ。

 また、昨年秋のツアーの最大の特徴は、ディランがキーボードに専念せず、ギターを弾いたり、ギターも持たずにハーモニカだけを持って歌ったりしたことだ。2002年秋のツアーからディランはキーボードを弾きながら歌うようになった。そのためにステージ上では、正面ではなく右端に陣取る。コンサートの主役が、端っこに位置するという奇妙なステージが続いた。しかも照明にピンスポットライトをあまり使わないので、ディランだけが目立つとは限らない。バンド全体に照明が当てられるだけだった。ところが、昨年秋のツアーでは、ディランは右端に設置されたキーボードの位置を何度も離れ、ステージ中央のスタンド・マイクの前に立ち、ときにギターを演奏しながら、ときに何も持たずに数曲歌うようになった。
 おそらく、日本公演をこのスタイルが踏襲されるだろう。キーボードのディランもいいが、やはり主役はステージ中央に立って歌ってくれた方がいい。もっとも、前回の日本公演は2001年春だったので、ディランはまだキーボードを演奏していなかった。つまり、多くの日本のファンはキーボードを演奏しながら歌うディランを見るのも、初めてということになるが。
 
 コンサートはメインセットが14曲、アンコールが3曲、計17曲、約2時間のステージだったが、6回間見たぼくは約50曲もの違った歌を楽しむ結果となった。つまり、ディランはセットリストを毎日大幅に変えるのだ。特に同じ会場で連続してコンサートを行う場合は、毎回セットリストの中の半分以上の曲が入れ替わる。思いもかけないめずらしい歌が選ばれることもある。だからこそ、ディランのコンサートは何度も何度も見たくなる。同じ内容のステージはないと言ってもいいだろう。
 ディランは、その場その瞬間で感じるヴァイヴを歌を通してファンに伝えている。同じ歌でも、日によってまったく違った歌に聞こえることがある。だから、できるだけ数多くのライヴを見たいのだ。まさに今回の日本ツアーは、こうしたディラン・ファンの夢をかなえるものとなるだろう。
 
 ボストンとニューヨークのコンサートで、最新アルバムから選ばれたのはわずかに2、3曲だけだった。ほとんどのアーティストはニューアルバムを発表すると、そのプロモーションのためにツアーを行う。あたりまえのことだが、新曲をファンに聞かせて、できるだけ多くに人にアルバムを買ってもらおうと考える。だが、ディランはまるでそんなことは考えていないようだ。最近のセットリストには過去10年の作品と、1960年代の作品が多く選ばれている。「ブルーにこんがらがって」を代表とする1970年代の作品はあまり歌われなかった。
 はたして、日本公演のセットリストはどうなるのだろう。予想するのはむずかしいが、1997年の『タイム・アウト・オブ・マインド』、2001年の『ラヴ&セフト』、2006年年の『モダン・タイムズ』、2009年の『トゥゲザー・スルー・ライフ』、この4枚のアルバムから多くの歌が選ばれると思うので、コンサートに向けて聴き直しておくといい。すべての歌詞を覚えるのはむずかしいかもしれないが、気になる一行くらいなら心に刻んでおくこともできるだろう。
 どんなにレコードで聞き慣れた歌であっても、最近のボブはアレンジやテンポをがらりと変えてライヴで歌うことが多いので、すぐに何という曲だったかわからないときがあるかもしれない。こんなときは歌詞だけが頼りになるわけだが、気になる一行を思い出せば簡単に判明できるはずだ。また、「スピリット・オン・ザ・ウァーター」で、ボブが「わたしが歳を取りすぎているってあなたは思っているんだね/もう盛りの時を過ぎてしまったと考えているんだね」と歌うと、観客は一斉に「ノー!」と叫び、ボブが「あなたに何があるのか見せておくれ/わたしたちはとんでもなくすばらしい時を一緒に過ごせるよ」と続けると観客は「イエー!」と応える。最近のアメリカでのコンサートで大きな盛り上がりを生み出す一曲だが、日本でも同じような雰囲気が生まれるだろう。

 もちろん、サプライズもあるだろう。昨年のツアー初日のストックホルムでは「ビリー4」を初めてライヴで歌ったし、秋のツアーでは「ネヴァー・ゴナ・チェンジ・マイ・ウェイ・オブ・シンキング」をオープニング曲に選んだりしている。また、ローマでは「リターン・トゥ・ミー」を、パリでは「ザ・タイムズ・ウィーヴ・ノウン」を、リヴァプールでは「サムシング」を、8月16日プレスリーの命日には「ハートブレーク・ホテル」と、めずらしいカヴァー曲も歌ったりした。日本ツアーでも、いくつかのサプライズが期待できる。最近の作品なのにライヴで歌ったことのない「クロス・ザ・グリーン・マウンテン」「テル・オール・ビル」「レッド・リヴァー・ショア」「ダート・ロード・ブルース」「サムデイ・ベイビー」「ライフ・イズ・ハード」「シェイク・ママ・シェイク」といった歌を、もしかしたら歌ってくれるかもしれない。
 さらに、1986年の来日で「スキヤキ(上を向いて歩こう)」をカヴァーしたように、日本に関係する歌をカヴァーすることも考えられる。あるいは、『ブロンド・オン・ブロンド』に収録されている名曲「ローランドの悲しい目の乙女」をステージで歌ったことはいままで一度もなかったが、最近フランスのロックバンドのフェニックスがカヴァーレコーディングを発表したので、これに触発されて歌うこともあるかもしれない。ぼくの頭のなかでは、ドリームコンサートの夢と期待が渦巻いている。

 今回の日本ツアーで初めてディランのコンサートを見る人も多いと思うので、余計なお世話と思うかもしれないが、ショーの頭の部分を紹介しておこう。
 開演時間が近づき、ギターテックがステージ上の楽器の最終調整を終えると、セットリストを書いた紙を各ミュージシャンの立ち位置に置く。ナグチャンパの香の匂いも漂い始める。それまで会場内に流れていたBGMがアーロン・コープランドの組曲『ロデオ』の一節「ホーダウン」に変り、場内の明かりが消され、真っ暗なステージに人影がばらばらと登場する様子がうかがえる。すぐにプロダクションマネジャーのアラン・サントスの声で、恒例の「ご来場のみなさん、ロックンロールの桂冠詩人に拍手を。60年代のカウンターカルチャーの希望の星、フォークとロックをベッド・インさせた人。70年代には化粧をし、薬物濫用のとばりのなかに姿を隠した男、イエスをみつけてふたたび登場し、80年代後半には過去の人と呼ばれた人。そして90年代後半、突然ギアを入れ替え、強力な音楽を発表し、いまも盛んな活動を続ける人。みなさん、コロンビアレコードのアーティスト、ボブ・ディランです」と紹介のことばが響く。その瞬間、ステージが明るくなり一曲目がはじまる。
 ステージ上には左からアコースティックギター&リズムギターのスチュ・キンボール、ベースのトニー・ガーニエ、ドラムのジョージ・リセリ、リードギターのチャーリー・セクストン、ペダルスティール、マンドリン、トランペット、ヴァイオリン、バンジョーのドニー・ヘロン、そして右端にディランが陣取り、キーボードを弾きながら歌うという編成だ。キーボードのさらに右に設置されたアンプの上に、「シングス・ハヴ・チェンジド」でアカデミー賞主題歌賞を受賞したときの黄金に輝くオスカー像が置かれているはずだ。見逃さないように。
 
 コンサートでディランは歌以外にひとこともしゃべらない。「サンキュー」と言うこともほとんどない。アンコール1曲目の「ライク・ア・ローリング・ストーン」が終わると、ディランが早口でメンバーを紹介する。ステージ上でディランが話すのは、この時だけだ。
 たまにメンバー紹介でジョークを言うこともある。そして最後の曲が終わると、ボブを中心にミュージシャンたち全員が横一列に並ぶ。ふつうならここで手を振ったり、礼をしたり、感謝のことばをファンに投げかけるのだが、ディラン&ヒズ・バンドはちがう。十数秒間、背筋を伸ばして直立するだけだ。ボブは様子をうかがうかのように一度だけフロアと二階席に目を走らせ、やがてくるりと回転してそのままステージ脇に消えていく。ミュージシャンたちも、あとを追う。
 ただ、まれにディランが一歩前に出て笑顔で観客を指差したりすることもある。こうした動きをした時は、ディラン自身も大満足していると判断できる。つまり、ステージの最後のあいさつでディランがどのような動きをするかが、その日の満足度を測るバロメーターになるというわけだ。観客たちは「サンキュー・ボブ」と大声で叫び、さらなるアンコールを求める。しかし二度目のアンコールはない。会場が明るくなるころ、ディランはすでにバスに乗って次の公演地に向かっている。コンサート終了後のバックステージに残っているのは、バンドメンバーたちだけとなる。

 ボブ・ディランは1941年まれなので、今年69歳となる。今回の来日が9年ぶりなので、はたして次回のジャパンツアーがいつになるなのか、あるいは実現するのかどうか、だれにもわからない。もしかしたら、今回が最後の日本公演になるかもしれない。だから、絶対に見逃してはいけない。

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