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酒場にて
日本全国常に一見。だが、旨い酒にはこと欠かない。酒と少しの音楽の話。

松江(其の二)


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 梅雨時に松江を訪れるのは二回目だったと思うが、水の都での雨という事であれば、旅の身の上、風情も感じるというものだ。しかも、今回は4日程の滞在でスケジュールも余裕を持って組まれているので、通常のツアーと比べると心持ちも些かのんびりめ、と言えるだろう。

 メンバーそれぞれ日本のいろいろな所からの松江入りだったので、私は一人、夕方の便で羽田から出雲空港へ飛んだ。着陸間際に雨は確認出来ず、例によって、宍道湖と島根半島を地図を見るがごとく見下ろす。ああ、あの景色だ。そして、着陸。雨は降っていなかった。というより、夕焼けが近い陽の色は穏やかで、過ごしやすいとてもよい天気だった。主催者が用意して下さった車に乗り、松江市内に向かう。ここもまた、当たり前だが、いつもの宍道湖だった。
 ホテルに到着。宿の名前は以前とは変わっているが、ここに泊まるのはもう4回目くらいであろう。フロントで案内地図を確認しなくても問題ない場所だ。部屋に荷物を置き、マネージャーに電話をして到着した旨を告げる。翌日の朝の集合時間を確認し、今日はもう自由時間である。そして、早速松江在住のシンガーソングライターの浜田真理子さんに連絡を取り、数時間後に居酒屋で落ち合う事にした。

 今回の仕事は3泊4日の行程の小松亮太君のコンサートだが、木曜日に前乗り、金曜日に昼のコンサート、土曜日の昼間にリハーサル、日曜日の夕方にコンサート、そして終了後帰京、という日程。なんと金曜土曜と夜はフリーなのだ。もちろん、松江の街をゆっくり飲み歩くのも悪くないが、週末にただ呑んでいるだけというのもなんだか味気ない。折角なので、駄目もとで、浜田さんにライヴの打診をしてみたら、ご快諾いただき会場まで押さえていただいた。感謝。

 浜田さん指定の居酒屋は、私の宿からだと松江大橋を渡った川向こうのおでん屋だった。予定時間はまだ早かったが、気持ちの良い夕方だったので、ぶらぶらと外に出たかったし、とにかく喉を湿らせたかった。大橋はそこそこ交通量もあるが、右手には湖、左手には河口の広い河が続く。流れは感じないし、よく見るとゴミも多く綺麗だとは言いがたいが、一日の仕事を終え暮れて行く街の風情は水の近さと夕陽とあいまって絶品である。これだけで酒が旨くなる。そして、橋を渡って行くと左手に「おでん庄助」という看板が待ち合わせの店だった。
 佇まいは大きい店だった。が、暖簾をくぐるとなかなか見事なコの字カウンターでまだ暮れるまではもう少しという時間だが、店はほぼ満員のようで、少し待たされる。カウンターの向こうはテーブル席もあり、窓も大きく河がとても近い。おお、完全に日が暮れる前にこの静かな川面をながめ、一杯傾けたいと思っているのだが、しばしおあずけ状態。しかも、カウンター中のおでん鍋もかなり魅力的な湯気を放っており、なかなか落ち着かずにはいられない。
 程なくして、奥の座敷に通された。店の雰囲気とは少しかけ離れるが、部屋は河のほとりで水に手が届きそうなくらい近い。浜田さん一行が到着まではまだ時間があるが、早速ビールを注文し、飲む。流れを感じさせない川面をぼんやりとながめ、また一杯。何がある訳ではないし、今日は仕事は何もなかったのだが、落ち着いてくる。普段と変わらない酒だが、この水の近さは私には特別だ。夕暮れの水面を眺めながらの一杯が嫌いな奴なんていないだろう。

 そうやって杯は進むがビールが一本空く前に浜田真理子さんが斎藤潔さんを伴って現れた。「ご無沙汰してます。こちらはベーシストの斎藤さん」と紹介され挨拶を交わす。ご無沙汰も何も浜田さんに会ったのは4年前に吉祥寺でライブをご一緒して以来二回目なのだ。しかも今回、私の不躾なお願いを聞いて下さって恐縮する限りである。突然のブッキングだったので、なかなか店が決まらなかったのだが、このおでん屋にほど近いジャズ喫茶に決まったのだ。なんでもその店は浜田さん斎藤さんともに学生時代を過ごした場所、との事だが、最近はすっかり疎遠になってしまい、今回は久しぶりに良い機会になって良かった、と笑ってくれた。
 
 斎藤さんは仕事帰りなのでスーツ姿だった。風貌に似合わず人見知りするのか、私にとても丁寧に話す。浜田さんに対しては先輩という事なのか、口調はストレートで聞いていて面白い。「最近、これにしたんよ」と言って、彼は電子煙草を取り出す。「なにそれ」。私は黙っていたが、目の前の出雲弁イントネーション(で良いのかな?)の会話が心地よい。
 ただ、斎藤さんはまだ煙草をやめた訳ではないとの事で、ときどき本物を吸う。そういうときの本物の一服、これがまた美味いのだそうだ。私は目の前ではじめて電子煙草を見たのだが、それを吸っている彼はなんだかぎこちなく微笑ましかった。これは、煙草だ、と言い聞かせて水蒸気を吐く姿は、高校生が隠れて煙草を吸うあの感じに似ていた。

 4年ぶりに会った浜田さんは髪が短くてくりくりと明るくかわいい人だった。「私、お酒やめたんですよ」。そういえば、吉祥寺のライブの後は中華料理屋で遅くまで飲んだのだ。その時は彼女の歌の内容も相まってか、結構な過去を持つ方だと勝手に思い込んでしまったが、そんな事は感じさせないとても穏やかな方だ。「それに私もう孫が出来ておばあちゃんだし」。「そういう、情報はだいたい船戸博史さんからだよ」と返して、皆で笑う。
 彼女に限らず、私が知る40代後半の年齢の女性(私の妻もそうだが)というのは、母性を伴う女らしさが自然に表れていて、男目線で恐縮だが、私はそれがとても好きである。同世代だからこその落ち着きと艶っぽさとでも言おうか。そして、女は男をいつまでたっても子供だと馬鹿にしていても、それは全くそのとおり、と別に悔しくも思わない。

 ここのおでんはなかなかに無骨でヴォリュームがある。出汁がいい。関東では味わえないものだ。ちょっと酒が入ってきたか、斎藤さんも饒舌になってくる。その言葉のちょっとした隙間に、酒飲みの素直さが隠れもせず見え、嬉しくなる。
 のどぐろも焼き上がった。この魚を食べる機会はそう多くはないが、やはり美味だ。こんなに美味い焼き魚は他にないとさえ思う。そして酒はいつしか焼酎になっていたが、そろそろ閉店の時間と相成った。そして、勘定は斎藤さんが持ってくれた。私はお言葉に甘え礼を言った。浜田さんは一言「よっ、社長!」そして斎藤さんは「おっ、次行くぞ」


 店の名は「バースデイ」。今度はうってかわって照明も落ち着いたラウンジ感もほどよいバーである。店内の音楽も静かに染み渡る響きがこのほろ酔いに合う。そして、斎藤さんと私が程よく酔った状況でようやくライヴの選曲の話になる。そんな打ち合わせは真っ先にするべきだっただろうが、、、というのは良くある事だ。まあ、私は自分の曲は既に浜田さんには伝えていたし、あと彼女の曲は好きに選んでもらえれば良いと思っていたのだ。それに彼女はオリジナルの良さもさることながら、カバー曲のセンスも良く、ハンク・ウィリアムス、プレスリー、500マイルをリクエストしただけで話は終わった。と思いきや、やおら斎藤さんが自分の鞄の中から譜面の束を取り出す。スタンダードをいくつかやろうではないか、という提案だった。私は知っている曲も多かったので気軽に了承したのだが、当の斎藤さんはいろいろ迷っている様子で、譜面を数枚私に渡したかと思うと、やっぱりこれじゃない、といいつつ、他の曲を探す。そんな事を数度繰り返し曲は決まるが、どうやら斎藤さんの酔いは結構回ってきたようで、お開きになった。

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 翌日昼の小松亮太君のコンサートは会場の体育館のような鳴りに少し戸惑うが、本番は難という程でもなく無事終了。そして、明るい時間からメンバー、マネージャー交え皆で飲む。早い時間にお開きになり私は一人で店を探した。良い風情の蕎麦屋に入り出雲蕎麦をたぐる。テレビではW杯南アフリカ大会が始まるところだった。

 さて、その翌日は浜田さんとの本番。場所は松江大橋たもとの「ぽえむ」。なかなかに癖のありそうなマスター、という第一印象だったが、話をすればとても気さくな方で、この店に住んでいるのでは、というアットホームな感もあった。
 店にギターアンプは無かったので、斎藤さんのAcoustic Imageをお借りした。これが良いアンプで、私はこの日はエレキギターだけだったのだが、アコースティックギターで鳴らしてみたいと思わせる好みのレンジの広さであった。
 その斎藤さんもこの日はカジュアルな出で立ちで音を正確に紡ぐ。揺るぎが無い。が、先日の打ち合わせは酔った勢いだったのか、やはりスタンダードは選曲からもれた。

 ライヴは適度の緊張感と楽しさであっという間に終わった。結局、アンコールで私はもうギターをおいてしまっていて、コーラスと言うか浜田さんとユニゾンで歌っていた。

 さて、打ち上げは大橋を渡り、居酒屋の座敷で割と大人数で和気藹々と飲む。が、おそらく、酔いが回ってきたのは斎藤さんと私だけだったかも知れない。

 そして、そこそこの時間にお開きになり、斎藤さんと二人で宿の近くで再びやり直す。正直、ほとんど記憶がないが、ここでも斎藤さんは奢ってくれたのだ。その後、私は数十メートルを千鳥足で帰ったのは間違いない。

 翌日、小松亮太君のコンサートに浜田さんから差し入れがあった。日本酒とウコンの力だった。



 P.S 斎藤先輩。次回訪松の際は、是非奢らせて下さい。

<関連リンク>

浜田真理子
http://www.beyondo.net/mariko/

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