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グランド・ティーチャーズ
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最もラジカルなフォーク・シンガー、ジャクソン・ブラウン。


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 2008年9月にリリースされた『Time The Conqueror/時の征者』以来ちょうど6年ぶりとなるジャクソン・ブラウンの「新しい」スタジオ・レコーディングのオリジナル・アルバム『Standing In The Breach/スタンディング・イン・ザ・ブリーチ』が発売されることになった。『Time The Conqueror』の一作前のスタジオ録音のオリジナル・アルバムが2002年9月にリリースされた『The Naked Ride Home/ネイキッド・ライド・ホーム』だったので、決して意図的ではないのだろうが、ジャクソンはここのところきっちり6年ごとに新作スタジオ録音アルバムを発表しているということになる。

 このジャクソンの新作『Standing In The Breach』のソニー・ミュージックジャパンインターナショナルから発売される日本盤の歌詞対訳の仕事がぼくに回って来た。大好きな詩人ジャクソン・ブラウンの歌詞対訳をさせてもらえるとは光栄の至りだが、対訳を始める前にまずはアルバムに収められている10曲の「新曲」に耳を傾けてみると、「あれっ、これはどこかで聞いたぞ」、「あっ、これは知っている」という曲が何曲もあった。それでぼくは「新しい」、「新曲」と、それらの言葉を敢えて鉤括弧で括ってしまったのだ。

 まずアルバムのオープニング・ナンバーの「The Birds of St.Marks」だが、これはジャクソンが1960年代後半にニューヨークでニコのギタリストをしていた時に書かれたとても古いというか、彼の最も初期の曲のひとつだ。恐らく書かれたのは1967年で、1970年に録音されたアルバム・デビュー前の彼のデモ・テープの中にも入っている。
 ニコも大好きだったザ・バーズのロジャー・マッギンの影響を受けてジャクソンが書いた曲で、作ったジャクソン自身もずっとザ・バーズの曲のように受けとめていたということだ。今回のアルバムではグレッグ・リーズが弾く12弦エレクトリック・ギターをフィーチャーして、正調のザ・バーズ・サウンドで録音されている。
 ジャクソンはこの古い曲を2002年のツアーからステージで歌い始め、2005年に発表されたライブ・アルバム『Solo Acoustic Vol.1/ソロ・アコースティック第一集』にも収録している。

「You Know The Night」は、ウディ・ガスリーが1943年4月に書いた20ページ以上にも及ぶ日記の文章にジャクソンが少し手を加え、それにジャクソンとベーシストのロブ・ワッサーマンが一緒に曲をつけた作品だ。2011年にリリースされたアルバム『Note of Hope/Woody Guthrie And Rob Wasserman/A Collaboration in Words and Music』の中で初めて登場している。そこで歌われている歌詞は今回のニュー・アルバムに収められているバージョンの二倍ほどの長さがあり、演奏時間は14分55秒にも及んでいる。
「Wall And Doors」は、1963年生まれのキューバはハバナ出身のシンガー・ソングライター、カルロス・ヴァレラの曲をジャクソンが英語に訳して歌っているものだ。確か2012年だったと思うが、ニューヨークで開かれたクリアウォーター・フェスティバルをぼくが見に行った時、カルロスはジャクソンに紹介されて川べりのステージに登場し、この歌のオリジナルを披露したのではなかっただろうか。それでスペイン語に英語と言葉は違っていても、ぼくの中ではすでにどこかで耳にした曲という印象が強いのだ。

「Which Side」は、1%の富裕層が富を独占する今のアメリカ国家の状況を変えようと、2011年の夏からニューヨークのウォール街で、「ウォール街を占拠しよう」と始まった抗議運動「Occupy Wall Street」の中でジャクソンが作り、歌い始めた歌。その運動と繋がるかたちで、2012年5月にリリースされた4枚組みのアルバム『Occupy This Album』の中で、ジャクソンはすでに「Come On, Come On, Come On」という別のタイトルでこの曲を発表している。
「Here」は、2009年のケヴィン・スペイシー主演、ジョナス・ペイト監督のアメリカ映画『Shrink/精神科医ヘンリー・カーターの憂鬱』(日本では劇場未公開でDVDでのリリースのみ)の中で流れていた曲。

 またこのジャクソンの最新作の解説を書かれている音楽ライターの五十嵐正さんが7月中頃にフェイスブックに投稿されている情報によると、「If I Could Be Anywhere」は、2010年にPPC(Plastic Pollution Coalition/プラスチック公害連合)がホストを務めた一日だけのライブ・ストリーム・イベント「TED×Great Plastic Garbage Patch:The Global Plastic Polution Crisis(全世界的プラスチック公害危機)」で歌われたということだし、「Standing In The Breach」は、2010年1月12日に発生したハイチ大地震の後にジャクソンが書いた歌で、彼は2012年から歌い始めていたということだ。

 つまりジャクソンの最新アルバムに収められた10曲の「新曲」のうち、半分以上の7曲は、このアルバムが発売される前にすでにどこかで何らかのかたちで届けられている。
 だからといって「完全な新曲ばかりじゃないじゃないか」と、ぼくは文句をつけているわけでは決してない。それどころか散発的に発表されていたジャクソンの最近の曲がひとつに集められ、それを一繋がりのもの、一かたまりのものとして聞けることで、もうすぐ66歳になる今現在の彼が拠って立っている世界が鮮やかに浮かび上がり、彼が今何を考え、どこに到達し、さらにはどこへ向かおうとしているのかが明確になっている。ジャクソンにとって通算14枚目のスタジオ録音アルバムとなる『Standing In The Breach』は、既発表曲が何曲もあったとしても、実に新鮮で中味の濃いどこまでもオリジナルな作品に仕上がっている。

 ジャクソン・ブラウンといえば、ニッティ・グリッティ・ダート・バンドやイーグルス、J.D.サウザーやウォーレン・ジヴォンと並んでいつも語られる、アメリカ西海岸のシンガー・ソングライターの人気者という捉え方が一般的だが、『Standing In The Breach』を聞いてぼくは改めてこの人はウディ・ガスリーやピート・シーガーの系譜に位置するフォーク・ソングの人だなという印象を強く持った。音楽スタイルというよりも、その姿勢や歌の精神そのものに。
 今の時代を鋭い視点で見抜き、たとえ悲惨な状況だとしても決して絶望的になることなく、連帯と前進を歌う今のジャクソン・ブラウンは、まぎれもなく「根本的」で「徹底的」で「急進的」というすべての意味での、最もラジカルなフォーク・シンガーだ。

「永遠に続くものは何もないとみんなが言っている/でもこれまでに作られたプラスチックは今もここに存在し続けている/いくら自分たちの眼をしっかり閉じてみてもそれらは決して消え去りはしない/ぼくがどこにでもいられるのだとしたら/今この時ぼくがどこにでもいられるのだとしたら/ぼくがどこにでもいられて事態を変えられるのだとしたら/そうするのは今しかない」(「If I Could Be Anywhere」)


「大地が激震に襲われ/自分たちが踏みしめる土台がまっぷたつに裂けたとしても/わたしたちはみんなで集ってまたもとのように築き直すことだろう/そしてすぐそばにいる生き残った者たちを助けようと駆けつけ/自分たちの世界を取り戻そうとするだろう/難局に当たって」(「Standing In The Breach」)

Standing In The Breach/スタンディング・イン・ザ・ブリーチ
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<関連リンク>

ジャクソン・ブラウンのホームページ
http://www.jacksonbrowne.com/home/

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