ホームホームマガジン > 桜井芳樹/酒場にて > 釧路

酒場にて
日本全国常に一見。だが、旨い酒にはこと欠かない。酒と少しの音楽の話。

釧路


photo

 帯広から今回の旅の最終地の釧路に向かう。距離も然程長いわけでは無く時間も余裕があり、割とのんびりした道中となった。ツアー全体の行程も余裕をもって組まれていたし、移動日も休養できたので、特に疲れを感じる事は無く、メンバー間の会話も弾み、車窓を何げなく楽しむ。白糠を過ぎ釧路までの間は右手に海が良く見える。15時を回ったくらいだったが、冬の道東はもう十分に夕方の空だ。車は休憩兼ねて、恋問海岸に停まる。今回のベーシスト及びコーディネイト、そして運転と大活躍の瀬尾高志君は自ら”出会いを求めている”と公言するくらいで、やはりここに寄らなければという結構な意思で右にハンドルを切り、駐車場に入った。いや私にはその様に感じられた。

 そこに海と砂浜があれば、誰しもが少しは近づいてみたくなるものだ。今回の主役カルメン・マキさんも瀬尾君も私も一緒にではなく、会話をするには不自由な距離でおのおの海を見ていた。冬の海というものは夫婦や恋人でもない限り、その人を個に導く、というのは周知の通り。
 海に限らず、自然というものの歴史の尺度は人間とは全く違うものなのも言うまでもない。この時、海岸に佇むマキさんの姿が格好良くて、彼女の40数年前のシングルのジャケットに海を見ている写真があったような、なんて思い、軽々しく”昭和"なんて言葉を浮かんだが、海は何も変わっちゃいない。まあ、赤潮とか放射性物質の含有は別の話だが。

 そして恋問詣でを済ませた瀬尾君の運転で車はさらに東へ。

 釧路を訪れたのは十数年ぶりだった。しかも前回の仕事の時は時間も余裕が無く、宿も次の公演地だったのでこの街で飲む事は無かった。それより前にはこの地を通過する事こそくらいはあったのだが、降り立った記憶は無い。ここに関する自分の知る限りの事、たとえば知り合いの出身地とか、原田康子の挽歌とか、太平洋炭鉱とか、を総動員してもこの街の事は何一つ思い出せない、街の記憶というものが全く無いのだ。

 先にサウンドチェックを済ますべく、今夜の店に行く。既にその夜のゲストのsozoroの吉原伸君が音を出していた。久しぶりに彼の生を聴いたが、やはり素晴らしい声、歌だった。最近はあまり活動出来る状況ではないとの事で、もどかしさも感じる。

 サウンドチェックは確認程度で宿に入る。飲屋街の片隅だったので、何となく地理を思い出したような気にもなるが、他の街と間違えていたかもしれない。

 今回の旅、冬の道東の割には寒さは厳しくはなかったが、この街に来て結構沁みてきた。やはり本番前に一人で軽く飲む事にした。今夜の会場に向かう途中の角に居酒屋好きの間では知られた炉端焼きの店があった。ちょうど暖簾を出すところで、その日の一番客として入店した。

 北海道で良く感じる事は、大地が強いのだ。札幌の大繁華街だとそう感じないが、少し外れると、建物が大地の上に建たされていると感じがする。悪い言い方に聞こえるかもしれないが、その場所が更地である事が容易に想像が出来るとでもいえばわかりやすいだろうか。だが、そんな些か弱さを感じる建物の扉の中はこれこそが人間の近代の歴史の一部と感じる逞しさで満ちあふれているのだ。この店はまさにその典型であんな木の扉一枚で中はとても暖かい。もちろん空調も整っているのだろうが、炉端の火のじんわりした感じは外の寒さと戦ってはいないのだ。だから、落ち着いてじんわり暖まりたいものだが、今日はそんなに時間はない。

 こまいの良いものが入ったらしいので、あぶってもらう。それを待つ時間がまた良い。店内は大きいコの字型カウンターでいたるところがいぶされまくっている。先日の帯広で閉店した店以上の歴史を感じ、喉を潤す。

 こまいが焼けた頃、老女将がテレビをつける。軽減税率の話をしている。「また、税金上がるのかね〜」と話しかけられたが、これは違う話だよ、とは言わず、ひとまずこまいにかぶりついた。

photo
  • 前回の記事
  • この連載のトップ
  • 次回の記事

▲新着順▲著者順