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酒場にて
日本全国常に一見。だが、旨い酒にはこと欠かない。酒と少しの音楽の話。

吉祥寺、再び


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 吉祥寺は私が最も足を運ぶ街だ。ギターとウクレレのレッスンで月4日は必ず訪れる。マンダラ2でのライヴも以前よりは減ったが、年に5〜6本程はある。Star Pine's Cafeでも年3〜4本はやっているだろうし、他の店でのライヴや録音やリハーサルを考えると、なんだかんだで週一回以上はこの街に来ているのではないだろうか。

 私の家からは公共交通機関でも自家用車でも小一時間はかかるところでもあるし、駅前等の幾つかの様子は大分様変わりして、落ち着かない部分もあるが、やはり馴染みの場所である事には変わらない。東京の東側出身の私にとっては成人してから知る事になる街だが、20年程前に荻窪に住んでいた頃に何かと言うと足を運ぶようになったのが身近になったきっかけだろう。

 この街には幾多の飲み屋がありお気に入りの店も何軒かはあるが、その中でも何かにつけカウンターで落ち着いたハバナムーンが今年2015年1月末日で看板を下ろした。非常に残念でならないが、私は時折朝まで居座り、又はたったの一杯で席を立つただの通りすがりの顔見知りの一人だ。説得する言葉は何も無い。

 9年程前に今の場所に移転したこの店だが、前は駅南口の中古レコード店と時折行く居酒屋大茂がある同じビルの二階だった。その時は然程足を運ぶ事は無く年に1〜2回という感じだったが、店主の木下君はそれより随分前と言うか、ほぼ学生時代に私が参加していたステージを観ていたらしく、何かと気さくに話しかけてくれた。その時の店に最後に行ったのは、多分カルメン・マキさんのライヴの後だったと思う。そのライヴを観に来たツネマツ・マサトシさんと入店した記憶がある。彼が、こういう店は良いな、と言う。当時のハバナムーンは混んでいる時は割とがやがやしていたのだ。私が、もう少し普通の居酒屋で落ち着きたかったのですが、と言うと、駄目なんだよ演歌とか流れるところは、と、E.D.P.S.を愛聴していた私にとっては、イメージ通りの発言だ、と告げたら、嫌なものは嫌だ、と笑った。

 いや、ちょっと待て。最後に昔のハバナムーンに行ったのは、高田渡さんが亡くなった直後のような気もする。木下君が葬式後の話をしていた記憶もある。

 ともあれ、旧ハバナムーンはそれほどの馴染みでは無かった。

 7〜8年程前だったと思う。私の住む私鉄沿線が大晦日の終夜運転を止めた。その頃の大晦日は数年に渡り、歌手の酒井俊さんのグループで新宿ピットインのカウントダウン・ライヴに出演していたのだ。これがとても面白く、とある曲の間奏でインプロ状態となり、そこで俊さんがカウントダウンするのだが、あまりうまくいった事が無い。絶対時間を演奏の流れで意識するのはとても難しいのだが、多分、私が参加して3回目くらいで、ようやくうまくいったと思われた時があった。終演後に俊さんも、やっとできた、と安堵の笑みだったが直後にピットインの方から、タイミングは良かったのですがカウントアップでした、と指摘された。1から数えてしまったのだ。10で新年というのは分かりやすくもあるのだが、カウントダウンだから仕方が無い。そして、その翌年はうまくいった。

 ある年、その仕事を終え終夜運転を止めた私鉄には見向きもせず、中央線で下った。少しでも家に近づこうと思っただけだが、吉祥寺で降りた。前の店を閉めたハバナムーンが再び別の場所にオープンしたという情報を知りつつもまだ足を運んでおらず、良い機会だと思ったのだ。うろ覚えの店の場所に辿り着いたのは、2時近くだったか。既に木下君はかなり酔っていて私を確認するまで少し時間がかかったが快く向かい入れてくれた。真っ直ぐの広いカウンターは居酒屋風情とは異なるが前の店舗と比べ幾分落ち着きを覚えた。ちびちび飲んで始発を待ったのが、新ハバナムーンの初めだった。

 ただ、その直後にそう頻繁に行くという状況にはならなかった。店の扉が硝子なので中がよく見えるのだ。私が覗いた限りその頃は結構カウンターがうまっていた事も多かった。

 吉祥寺でのレッスンも軌道に乗り、この街に来る事もより多くなり、そして段々とこのハバナムーンのカウンターが好きになっていった。座り心地は良くない。完全に落ち着かせないというのがバーの醍醐味である、時折、店主や常連とバカな話をし、そして、我にかえり文字通り帰路に着く。酒は落ち着くしマナーも必要なのは当たり前の事、そんなカウンターだったのだ。

 東日本大震災の後だったと思うが、この細長い店でライヴをやる事が多くなった。鈴木常吉さんや高田漣君との共演がきっかけだったと思うが、何と言ってもスーマーとの出演でこの店に来る事が多くなった。それ以外でもリハーサル、録音、レッスンの帰りやスターパインズカフェでのライブの空き時間なんかにちょっと寄って一杯引っ掛けたりした。

 朝までいた事も少なくは無い。そうなってくると、マナーも緊張感も無くなる。背もたれは無く真っ直ぐな板一枚のベンチとも言える2〜3人が腰掛けられる椅子だが、そこによく仰向けになって眠った。カウンターの高さにあつらえていたので、高さは1mくらいはあったか。少し広めの椅子幅だが、眠ってそこから落ちた事は無い。

 朝まで、くらいならまだ良い。次の日の夕方くらいまで飲んだ事もあった。終電が無くなり眠りに落ちた、店主の木下君も同様だったらしいが、明るくなった頃に目が覚め、再び飲み直し。頼んだ訳ではないのにビールの栓が開き、杯を交わす。彼とは音楽の趣味は合う。もちろん、そうでは無い部分もあるのだが、そのとてもはっきりとした審美眼には時折驚かされる。だから、Lonesome Strings and Mari Nakamura / Folklore Session や 鈴木常吉 / 望郷 が彼のとびきりのお気に入りと知った時は非常に嬉しく思ったものだった。そして音楽の話じゃなくても妙に酒が進む。で、なんだかんだで16時くらいまで。こんな事は私の酒飲み人生でもこれっきりであろう。

 木下君は熱い奴だ。まあ、だいたいほぼ引かない。いつだったか、私が椅子で眠ってしまったのだが、その時に事は起きた。物音を感じて起きると彼は鼻血を出していた。他の客と喧嘩したらしいが、その揉め事の一端が私が原因だった事も知り、反省したが、また起きて彼と杯を重ねた。

 そして、ここのオーディオ・システムも気に入っていた。入り口に近いspendorのモニターも悪くなかったが、レンジは広くなく落ち着いた響きのハンドメイドらしきスピーカーがカウンター奥にあり、それがこの酒場の気に入った音だった。奥から三番目の席がベスト・ポジション。ここで隅々まで知っているThe Bandのレコードをとてもよく聴いたが、それらはすべてほぼ1stプレスの盤で新たな発見もあった。日本盤と外盤の音の違いを再認識するきっかけもこの席だった。Ry Cooder / JAZZ も私が持っているものは日本盤だったので、エンボス加工ジャケットの1stプレスのアメリカ盤をERISの原稿に取り組む前にリクエストしたりした。更に言うなら、スーマー / MINSTREL もミックス直後に少しだけ聴いてみたし、松永孝義 / Quarter Note も最終選曲段階で、松永希、エマーソン北村両氏とここで確認したのだ。

 そのスーマーとのデュオももう4年目に突入。最初は下北沢leteだったが、これを熟成させる場として重要だったのがこのハバナムーンだった。酒場の雰囲気に溺れない声だと認識したのが、この店だったのである。
 
 他にも旧知の音楽家は多かった。栗コーダー・カルテットの川口義之さんや湯川潮音嬢はカウンターの中に入って接客態度で飲んでいた事もあった。そういえば、昨年の2014年、木下君が骨折した時には、福岡史朗君も厨房手伝っていた。ギタリストの山本タカシさんとはこのカウンターでよく会う。ギターアンプやエフェクターの情報は流石に早いし、この間などはたまたま彼がFender ジャガーを持っていてそれをカウンターに横たえ、ジャガー弾きには気になる Mastery Bridge を手にしながら、酒を酌み交わす。ちょっとおかしな風景でもあろう。彼曰く、とても良いブリッジだがミュートしづらい、うむ確かに。そんな誰も気にしないかも知れない有意義な情報もこのカウンターだった。

 閉店の前日の1月30日、急遽、福岡史朗君のライヴをやる事になった。すっかり忘れていた事だったが、木下君に福岡史朗の音楽を紹介したのは私だったようである。この店でライヴを始めるにあたって、真っ先に紹介したのが福岡君だった。最近の彼のバンドでは私がベースを弾くことが多いが、木下君もギター、アコーディオン、マンドリン等で八面六臂の働きだ。が、この日はさすがに厨房が忙しく参加は見合わせたが、手が空いた時にはスプーンを叩いていた。そして大勢のお客さんで賑わい、先述の川口さんもサックスで参加。終電の時間まで大いに飲んだ。

 そう、この店はライヴで演奏すると、飲み代はロハなのだ。だから、そこそここの店で普通に飲んでいたとしても、案外トータルでは然程の金は落としていないのでは無いか、とんとんか、いや、得しているかもしれん、そう考えると申し訳ないが、それは店主の方針で、この、飲んでいってもらいます、という態度がとても気持ちが良い。

 その翌日、レッスン後に寄ってみた。20時過ぎまだ空いていたが、いつのまにか立ち飲み状態で込み合う。スーマー、イノトモ、佐野史郎さんらと酌み交わしたのが、この店の最後の夜だった。

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